人類と音楽。「形而上学から排他した、結合と必然」
北極点は移動する。
星野之宣氏の「巨人達の伝説」から学んだ。
これにより、広大な北極圏気候帯は地球上を移動し、地球の約3分の1が氷で覆われたのである。
2億数千年前には北極点は、現在の日本列島の位置にあったそうだ。
恐ろしい寒冷期500万年もの間、樹上機能を失い、洞窟の中で絶望的な状況下に置かれた我々の祖先クロマニヨン人。
その極限時代を生き延びることが出来たのは、性と踊りをはじめとする強力な解脱充足回路を形成し得たからだという。
もしそれがなければ、人類は生きる希望を失って早々に絶滅していたといわれる。
音楽とダンスは、人類の絶望的状況の中、暗闇の中で生まれた。
生きる為に…。
ハウスミュージックだってそうだ。黒人達がアメリカに奴隷として連れてこられて、故郷アフリカにはもう帰れない。哀しみの中、漆黒のダンスホールで踊り、歌った。
それはまるで、音楽とダンスが、心臓や海馬と等しく、人類が生きる為の重要な機能として存在しているかのようだ。
さて、ではその音楽の歴史、取り分け証明の点においても、楽器の話から始めよう。
最も古い楽器(笛)と考えられているものは、「ネアンデルタール人の笛」と呼ばれる、1995年にスロベニアの号窟で発見されたもの。これは43000年前の中期旧石器時代までさかのぼると考えられている。
また、少し進んだ約3万5000年前の後期旧石器時代の洞窟の遺跡(ドイツ南西部シェルクリンゲン)には、マンモスの牙やハゲワシの骨で作られた「フルート」が発掘された。
クロマニヨン人が洞窟内の岩襞や鍾乳石の石筍をリトフォン(石琴)として知られる原始楽器のように打ち鳴らしたとする研究もある。
このように、実際に沢山の楽器が発掘されているが、驚くべきは、現代でも当然の音楽理論である「完全5度」の音階を奏でられるのである。
人類にとって、今も昔も気持ちいい音は同じだったのか…。
実際にレ・トロア・フレール洞窟で鼻笛を演奏をした土取利行氏は、
「洞窟そのものが楽器で音楽であり、楽器であった」と確信したという。
土取さんは、70年代よりパーカッショニストとして近藤等則などと尖鋭的な即興音楽を展開。音楽評論家・間章との邂逅で即興演奏集団EEUを結成。75年日本を離れ、ニューヨーク、パリを拠点に、前衛音楽の始祖であるデレク・ベイリーや、ミルフォード・グレイヴス、スティーヴ・レイシーなど多くの即興演奏家と共演。
ベイリーは私も大好きな音楽家です。
ベイリーは、ジャズの発展により定義づけられてしまった「バークリー・メソッド」をコンテンツにしないで演奏しようとした前衛音楽家です。
バークリー・メソッドとは、現代においても必ず音楽を演奏する上で使用する、コードというものです。(前衛音楽は使わなかったりします)
つまりは音楽の記号化から、もっと平たく言えば、演奏の基本・規則から外れた音楽をやった人です。
コードには進行というものがありますが、その当然の帰結にならないようにしたような音楽をベイリーはしていました。
例えば、
序章であるAメロ→展開部のBメロ→主題のサビ
という王道の流れ。
それを
A→B→B のように、当然の流れをいかない。
聞くと違和感が勿論あるのですが、その違和感がやばい。
そして、ただ鳴らしてるとは違う。
めちゃくちゃなのに、そこにベイリーの法則を感じるような。
僕も20代前半は、
Aで始まって、展開すると思いきやA、そしてサビに行くのめんどくなっちゃってA。
みたいなトラック作ってました。笑
越君に褒められました、「野川君、クソ変態だね」って。笑
ベイリーの話はそこらへんにして、笑
また土取氏は、洞窟内の鍾乳石、石筍を指または柔らかい木で打奏し、同時に、鼻笛、木製スクレイパー、骨笛、ガラガラといった古代楽器を演奏する。
いずれも屋外で聴けば小さな音ですが、洞窟の深い闇のなかでは宇宙的な響きへと変容します。前も後ろも、上も下もない闇の世界。
しかも、美しい壁画が遺されている場所は、音響的にも美しい場所であったとも言われます。
微細な音が反響しこだまする洞窟は、自然が造形した巨大な異次元のアンプリファイアー装置でもあったのです。
ネアンデルタール人やクロマニョン人は洞窟の闇の奥にある、何らかの力の根源を壁の向こうに見ようとしていた…。
地下の洞窟内の冷気と霊気をはらんだ妙なる響きは、洞窟全体が一個の巨大な楽器となって共鳴するさまをドキュメントした人類初、唯一無二のレコーディングCDを土取氏は出しています。みなさんぜひ!!
氷河期という極限状態において、生きる希望だった、「音楽と踊り」。
洞窟の闇の中で見つけた希望。
そして洞窟内の複雑な構造が生み出すダブ。
音楽にかかるリバーブ(残響音)や、ディレイ(やまびこ)に、クロマニヨン人は神秘と快楽、そして生命力を得た。
私はもっともっとダブ処理を、神聖で人くさいものとしてやっていきたい。
そして、音楽が生まれた訳と、その起因、また源泉に触れ、
私の推察である「地球が生まれた時、隕石同士が激しくぶつかり合い、化学反応が起き、そこには音が鳴っていた。
音が化合して地球が生まれ、そして生命が生まれた。
だから、我々は音楽なんだ」
という説にまたひとつ近づけた。
氷河期が終わって、約1万年。
私達は「音楽」をどうしてこれたのか?
私は、クロマニヨン人のように、
森羅万象の哀しみかのような雪や、
時を繋ぐ淡い風に、
祈るように音楽をしていきたい。
クロマニヨン人のように、
洞窟の壁、即ち己(人類)の壁の向こう側に、
祈るように音楽をしていきたい。
そこにある何らかの力は、光は、私達人類の大切なものであることには違いない。
私達は「音楽」をどうしてこれたのか?
答えは、「どうもしてない。」だろう。
音楽は音楽のまま、太古から現在まで何ひとつ変わることなく、幽玄に佇んでいる。
そう、そこに在るものだ。
テルリックなものとは、事象ではなく、いつもこちら側の疎通意識次第である。
星野之宣氏の「巨人達の伝説」から学んだ。
これにより、広大な北極圏気候帯は地球上を移動し、地球の約3分の1が氷で覆われたのである。
2億数千年前には北極点は、現在の日本列島の位置にあったそうだ。
恐ろしい寒冷期500万年もの間、樹上機能を失い、洞窟の中で絶望的な状況下に置かれた我々の祖先クロマニヨン人。
その極限時代を生き延びることが出来たのは、性と踊りをはじめとする強力な解脱充足回路を形成し得たからだという。
もしそれがなければ、人類は生きる希望を失って早々に絶滅していたといわれる。
音楽とダンスは、人類の絶望的状況の中、暗闇の中で生まれた。
生きる為に…。
ハウスミュージックだってそうだ。黒人達がアメリカに奴隷として連れてこられて、故郷アフリカにはもう帰れない。哀しみの中、漆黒のダンスホールで踊り、歌った。
それはまるで、音楽とダンスが、心臓や海馬と等しく、人類が生きる為の重要な機能として存在しているかのようだ。
さて、ではその音楽の歴史、取り分け証明の点においても、楽器の話から始めよう。
最も古い楽器(笛)と考えられているものは、「ネアンデルタール人の笛」と呼ばれる、1995年にスロベニアの号窟で発見されたもの。これは43000年前の中期旧石器時代までさかのぼると考えられている。
また、少し進んだ約3万5000年前の後期旧石器時代の洞窟の遺跡(ドイツ南西部シェルクリンゲン)には、マンモスの牙やハゲワシの骨で作られた「フルート」が発掘された。
クロマニヨン人が洞窟内の岩襞や鍾乳石の石筍をリトフォン(石琴)として知られる原始楽器のように打ち鳴らしたとする研究もある。
このように、実際に沢山の楽器が発掘されているが、驚くべきは、現代でも当然の音楽理論である「完全5度」の音階を奏でられるのである。
人類にとって、今も昔も気持ちいい音は同じだったのか…。
実際にレ・トロア・フレール洞窟で鼻笛を演奏をした土取利行氏は、
「洞窟そのものが楽器で音楽であり、楽器であった」と確信したという。
土取さんは、70年代よりパーカッショニストとして近藤等則などと尖鋭的な即興音楽を展開。音楽評論家・間章との邂逅で即興演奏集団EEUを結成。75年日本を離れ、ニューヨーク、パリを拠点に、前衛音楽の始祖であるデレク・ベイリーや、ミルフォード・グレイヴス、スティーヴ・レイシーなど多くの即興演奏家と共演。
ベイリーは私も大好きな音楽家です。
ベイリーは、ジャズの発展により定義づけられてしまった「バークリー・メソッド」をコンテンツにしないで演奏しようとした前衛音楽家です。
バークリー・メソッドとは、現代においても必ず音楽を演奏する上で使用する、コードというものです。(前衛音楽は使わなかったりします)
つまりは音楽の記号化から、もっと平たく言えば、演奏の基本・規則から外れた音楽をやった人です。
コードには進行というものがありますが、その当然の帰結にならないようにしたような音楽をベイリーはしていました。
例えば、
序章であるAメロ→展開部のBメロ→主題のサビ
という王道の流れ。
それを
A→B→B のように、当然の流れをいかない。
聞くと違和感が勿論あるのですが、その違和感がやばい。
そして、ただ鳴らしてるとは違う。
めちゃくちゃなのに、そこにベイリーの法則を感じるような。
僕も20代前半は、
Aで始まって、展開すると思いきやA、そしてサビに行くのめんどくなっちゃってA。
みたいなトラック作ってました。笑
越君に褒められました、「野川君、クソ変態だね」って。笑
ベイリーの話はそこらへんにして、笑
また土取氏は、洞窟内の鍾乳石、石筍を指または柔らかい木で打奏し、同時に、鼻笛、木製スクレイパー、骨笛、ガラガラといった古代楽器を演奏する。
いずれも屋外で聴けば小さな音ですが、洞窟の深い闇のなかでは宇宙的な響きへと変容します。前も後ろも、上も下もない闇の世界。
しかも、美しい壁画が遺されている場所は、音響的にも美しい場所であったとも言われます。
微細な音が反響しこだまする洞窟は、自然が造形した巨大な異次元のアンプリファイアー装置でもあったのです。
ネアンデルタール人やクロマニョン人は洞窟の闇の奥にある、何らかの力の根源を壁の向こうに見ようとしていた…。
地下の洞窟内の冷気と霊気をはらんだ妙なる響きは、洞窟全体が一個の巨大な楽器となって共鳴するさまをドキュメントした人類初、唯一無二のレコーディングCDを土取氏は出しています。みなさんぜひ!!
氷河期という極限状態において、生きる希望だった、「音楽と踊り」。
洞窟の闇の中で見つけた希望。
そして洞窟内の複雑な構造が生み出すダブ。
音楽にかかるリバーブ(残響音)や、ディレイ(やまびこ)に、クロマニヨン人は神秘と快楽、そして生命力を得た。
私はもっともっとダブ処理を、神聖で人くさいものとしてやっていきたい。
そして、音楽が生まれた訳と、その起因、また源泉に触れ、
私の推察である「地球が生まれた時、隕石同士が激しくぶつかり合い、化学反応が起き、そこには音が鳴っていた。
音が化合して地球が生まれ、そして生命が生まれた。
だから、我々は音楽なんだ」
という説にまたひとつ近づけた。
氷河期が終わって、約1万年。
私達は「音楽」をどうしてこれたのか?
私は、クロマニヨン人のように、
森羅万象の哀しみかのような雪や、
時を繋ぐ淡い風に、
祈るように音楽をしていきたい。
クロマニヨン人のように、
洞窟の壁、即ち己(人類)の壁の向こう側に、
祈るように音楽をしていきたい。
そこにある何らかの力は、光は、私達人類の大切なものであることには違いない。
私達は「音楽」をどうしてこれたのか?
答えは、「どうもしてない。」だろう。
音楽は音楽のまま、太古から現在まで何ひとつ変わることなく、幽玄に佇んでいる。
そう、そこに在るものだ。
テルリックなものとは、事象ではなく、いつもこちら側の疎通意識次第である。