SUN and FUN blog -202ページ目

今夜、ダンスフロアで

どうも一般的な見解としては、クラブというものが悪質な遊び場だと思われていることが多い。
大きな音を鳴らして、怖そうなヒゲ顔の男達や(田舎の発想か)、ケツのワレメのスターティングポイント(通称:上ワレメ)を露出している女性達が、テュクテュクしてる場所。というような観念か。
勿論、そのようなクラブも世の中多く存在する。
嘘くさい音楽が汚く鳴り響く。

言っとくけど、音楽で嘘はつけないよ。
それは呑みすぎて、抱いた女のパンツはいて帰った浮気よりも、絶対にバレる。
音楽は、数学や絵画等の芸術と同じくして、真実の表現だから。

でも、本当に音楽やダンスが必要な人間達はそんなとこには行かない。

素晴らしいダンスフロアで目を閉じれば、深層心理にまどろみ、自分の知らなかった自分や、生まれる前の生命の記憶と触れ合う。
音楽を通して、時代を超え、同じ空間にいる仲間達も皆、たくさんのダンサーと踊りあかす。

こんなに刹那的で、官能的で、甘美で、狂った時間がある...。

若者よ、もっとパーティーに行きなされ。

この世界は、いや地球は、音で構成されていると信じています。
地球が生まれた時、たくさんの隕石が落ちて来てそして生命が生まれた時、私達が生まれた時は自ら泣き叫び、全ての誕生の瞬間には音がある。
ですから私達の細胞には、音素が遺伝しています。だから人は踊るのだと思います。

素晴らしいDJやバンドが回す音楽は時と常識を解放する。
それぞれに解釈やそこに込めるソウルがあり、荘厳で美しい瞬間にスリップする。

ああ、地球は回ってるんだな...。
いや、おれが回ってんのか。
という宇宙迷子になる。笑


音楽を生む時、音や性質や都合、不都合を考慮するより、「音のオーラ」で伝えることを意識している。
自己に膨張する世界観を表現するだけでなく、情感の伝達でもある。
言葉は勿論愛すべきものだ。
感情伝達でカテゴライズすれば、きっと昔の人はそれ以上でもそれ以下でもない表現方法として音楽を発展させていったのかもしれない。
勿論、祝祭から生まれたという考察もあるが、ここでは長くなるので省略する。

素晴らしい音楽にはそういった要素が多分に含まれており、踊り狂っていると、
名前も知らない、
時代も違う、
国籍も違うダンサー達とシンクロする。

これは、記憶という曖昧に愁うシステムをとうに越えて、人間の遺伝子や細胞に襲ってくるものだ。

踊る とはそうゆうことなだ。

僕は僕の音楽で踊り狂ってくれた後、恋人達がクラブを出て、とてつもなく紅い太陽とやさしい風を感じて、その汗だくで疲弊しきった体でベッドインしてくれたら、もうこれ以上望むものはない。
自らを解放して、踊りあかした後のセックスほど極上なものはないし、恋する気持ちに勝てる音楽などないのだ。

僕は僕の音楽で休日の午後のコーヒーが旨くなってくれたら、もうこれ以上望むものはない。

音の持つオーラ。
音と会話し、相談し、向き合い、愛する。
触れるとやわらかで、恍惚的に拡散し、包まれる。

明日のことなど毛頭にもない。

それでは、最後に素敵なジャズメンのミュージシャンの性について語ったこの言葉で。

たいていのミュージシャンは「将来」って言葉さえ綴れねえ。
先のこと、って言えばせいぜいその日の昼飯くらいだ。
-デビィッド・リー・ロス-