SUN and FUN blog -193ページ目

電力について私が勉強したこと

祝島の一件から勉強することにした。
少しだが、私が感じえたことを記したい。

<電気代のからくり>
私達が普段払っている電気代は純粋な”使用量”ではない。
原発の維持費、運転費、ましてや開発費までも上乗せさせられている。
しかもこの税金がムダな広告料にも使われている。

この事実を公表すれば(するわけないが)皆、怒るはず。
今後、電気料金は実際高くなるし、廃棄物の処理まで入れると果てしない(開発の何百倍もかかる。*以前のブログ参照)。

原発以外の公共事業に頼る方が賢いと思います。



<温排水の危険性>
発電量の2倍の熱量を捨てなければならないのが原発。この捨てられる熱を温排水と呼ぶ。
温排水によって海に捨てられる熱量は約1億キロワット。
これを言い換えると、日本全体では毎日、広島型原爆100個に相当する巨大な熱量で海を加熱しているのと同等である。

これで海の生態系が壊れないはずがない。

原発は東京や大阪の大消費地から遠方の地域に建設されてきたので、送電線によるエネルギー・ロスが大きく、〆めて70%のエネルギーを捨てている。

最もエネルギー効率の悪い発電所。ということが明白になってくる。

原発廃水は、生物付着阻止剤とトリチウム、コバルト60、マンガン54と熱が三位一体となった正体不明の悪水。
これが、海のこどもの命を殺し、大切な自然を破壊している。



<諸外国の原発>
2007年12月、ドイツの環境省(連邦環境・自然保護・原子力安全省)と連邦放射線防護庁は、「通常運転されている原子力発電所周辺5km圏内で小児白血病が高率で発症している」という内容の調査研究(以下 『KiKK研究』)の成果を公表した。
ヴォルフラム・クーニック放射線防護庁長官は調査結果について、「原発周辺では放出放射能に起因して健康上何らかの影響があるのではないか、という問題が30年以上議論されてきた。
この『KiKK研究』は疫学研究としてより詳しい内容に富む新たな出発点であり、この問いへの回答を決定的に前進させる意味をもっている」と述べている。長い間議論されてきた原発周辺での「がん多発」という問題を科学的に裏付けた調査結果は、ドイツ国内で大変大きな反響を生んだ。

が、ドイツ政府からは当然のごとく「原発から出る放射性物質は微量なので、原発は無関係」と攻撃されています。

http://cnic.jp/modules/smartsection/item.php?itemid=122


ほんの少しの情報であるが、メディアや教育機関の洗脳とは怖いものだ。

原子力洗脳教育、すなわち「減思力教育」。
真実は決して教えない学校。何十年もすれば、「あんなどうしようもない電力使ってました」って教えるの目に見えている。我々が今、プラスチックの燃焼を否定するのと同じく。

また、「原発のことを勉強もしていないのに賛成も反対も言ってはいけませんよ」というのも洗脳の一部。

原子力発電の電力は否応なしに買わされています。そのお金で御用学者を雇い、政治家を囲い、さらなる洗脳教育をさせています。原子力に関しては、科学では無く政治なのでは。





原発推進派は、
ジョン・ガルブレイスの「悪意無き欺瞞」状態にあるのが常。
「自らの見解がいかにして形作られてきたのか、いかにして自分がそうした見解の持ち主になったのかについて、まったく何もわかっていない」
全くその通りでる。

権力者がいう”自由市場”が何を指すかは実に露骨。
発展途上国やアメリカ国内で増大しつつある貧困層には自由市場を絶賛しながら押し付ける。乳飲み子を抱いた母親には厳しく説教をして自主自立を目指せというくせに、政府にずるずるべったりの経営者や投資家は甘やかし続ける。そして高圧的な態度。

このようなtweetを見た。
「ホモに厳しい人はホモの友達がおらんのでしょう。在日に厳しい人は在日の友達がおらんのでしょう。ニートに厳しい人はニートの友達がおらんのでしょう。鬱病に厳しい人は鬱病の友達がおらんのでしょう。障害者に厳しい人は障害者の友達がおらんのでしょう。
実態を知らんのでしょう。

その通り、実態を知らないから平然とやれるのだろう。

原発に関係する国(経産省や資源エネルギー庁など)の官僚やメーカー(総合電機)の技術者の多くは無自覚状態。

人生も、世の中もいいとこ悪いとこあるのは、人類の摂理でしょ。
自分の研究の短絡的個所も見つけられないようでは、いち研究者とよべるでしょうか。

井上陽水の「人を泣かせる歌を作るには、氷のような心を持たねばならない。」
という言葉に集約されるように、温かな心だけでは真実は歌えないということだ。

いいところ、悪いところ、悦び、悲哀、美しさ、醜さという人生の機微を、潤沢に心に吸わせ、もがき、叫び、愛する強さを持ち得なければ。




そして権力構造について。
とあるM菱重工業のエージェントとなった議員たちは、節目に品川の三菱開東閣で厚遇接待を受ける。
会長がホスト役となり、装備品調達受注に貢献した、核となる議員を手もみしながら、もちあげる。もちろん、インフォーマルな支援も忘れない。その手口は長年の歳月をかけて磨きがかかっている。

そうやって権力にたかる一部の者達が、その権力の遂行、示威の為に、これまた権力を行使して奮闘し、祝島のような悪辣な行為を平然とやってのけるわけである。


真実とは、「結果」または「潜在的な結果」(十分推察に足ると予想される将来事象)において正しければ、むしろ「信用」を高めるもの。

利権に縛られ、そのことも自覚していない“naïve”な人々による指摘にひるむ必要もなし。
無自覚な人々の多くも、ただ全体像を知らないだけ。


研究者、企業、そして私達が、忍耐強く全体像(原子力利権の背景やその現代のパワーの源泉、メカニズムなど)を知るように動きを広めて行けば徐々に変わりゆくだろう。


原発をやめてどうするのか?という問題は、電力の不足をどうやって埋めるかという問題よりむしろ、過剰な工業製品の生産と消費をやめる事によって生ずる人とお金の流れの変化、すなわち産業構造の転換をどうやってスムーズに進めるかという問題ではないかという見解もある。
工業製品の過剰な生産消費は持続しない事を周知すべき。

専門知識がなくたって、原発に変わる代替エネルギーの開発が出来なくても誰もができること。
それは、電気使用を一人一人が抑制すること。

自分の子供が高確立で白血病になる環境に身を置いていれば、電力の自覚的な抑制くらいは出来るのではないでしょうか。
実際にいるんです、日本だけでなく、世界中に。

その報いを受けない東京にいる私達が、気の済むままに電力を使用してていいのでしょうか。

大切にしたいのは、企業を恨むでもなく、今ある平穏な生活環境(電気使用に関して)に傲慢にならず、敵(理不尽な権力や、それを庇護するメディア情報)の思うつぼにならず、人を慈しむ心とシンプルな感情で持って、自らが勉強して、自らに出来ることを実践していくことではないでしょうか。

自分の土地に流れる水、おのれの上に吹きわたる風の気配、それを自分の存在のアカシとして出発しない限り、いかなる文化もありはしない。 -岡本太郎-