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ミツバチの羽音と地球の回転 祝島の誇り

本題の映画だが、
祝島のあまりにも潤沢で崇高な大自然と、そこを心から愛し誇りとする島民達の暮らしを、飾ることなく描写する。

飾りのない人間は、最も美しい。


このように自然を愛し、その恩恵に感謝し営む人達は違和感がない。
違和感というのも、仕事という概念においてである。
人間として違和感がない。

勿論、自らと家族の為の生活の為に仕事をしているという点ではどこに住まおうが同位なのだが、祝島の方々にとって仕事は金銭というバーチャルな存在ではなく、呼吸と同じなのだ。仕事と生活の境界線がない。
これは一次産業、地産地消の精神においては至極当然の事なのだろうが。
輝いて見える。

非近代的美意識、文化や思想、少数民族の在り方。こういった尊いものを愛せないのがアメリカ主義なのだ。

中電は「一次産業では生活は成り立たないし、過疎化は進む一方です。もうこの島は高齢者ばかり。原発を建てれば若い人に仕事が増え、島の活性化につながります。」と言う。


阿呆か!!

一次産業なくして、我々の健康、ひいては命はない。
肥沃な海に育つ栄養たっぷりの海産物を、原発で破壊しようとしているのはあなた達中電であろうが。

元々みかんの栽培を戦後 国から推奨され営んできた祝島。しかし、みかんの関税の事実上撤廃で、祝島のみかん栽培は廃れた。
それでも残された土地で、苦労と知恵を振り絞り、この島に合った一次産業を営んできた。
ヒジキやびわ、畜産で生計を立てる島民。その暮らしは決して安定したものではない。若い世代はほとんど島を出た。若手で60歳。

このような経済状況下に於いて、一次産業という自然に左右される収入源を頼りに、島に土着した穏やかで人間らしい生活している。


この島を愛しているのだ。
この島で生きたいからこそ、本気で島を見つめる。


それを、よくもこんな卑劣で残酷な言葉が言えたものだ。
会社のマニュアルを読んでいるだけだろうが。

そして、わざわざ原発に携わる仕事をして体を破壊する為に、島に人が戻ってきても嬉しいはずがなかろう。


山戸 孝さん31歳。
彼はこのドキュメンタリーの温故知新の象徴。島民としての誇りと、新しい感覚をミックスし、祝島の暮らしの未来と原発への抵抗を思索する。

まず、感じたのは彼の言葉が、表情があまりにもリアルで生々しいということだ。

葛藤、悲嘆、喜悦…。
中電に対する咆哮、海を見つめる奥深い眼差し、島民の肩に乗せる掌…。

どれも、島の「今」を全身で抱きとめ、確かな「未来」の糸を手繰る。

「実存主義」
一次産業であるが為、生計を立てるに余談を許さない状況の中、手探りでの暗中模索に目一杯の知恵と知識を投入し、
自分達でこの島での在り方を見い出す。

これは、ソクラテス、キルケゴール、サルトルに見られる実存主義。

神を中心と置く、主体性が真理であり、与えられた可能性を実現するという一つの普遍的な大真理や、人間の本性や本質を一般に通用する言葉で定義するよりも、個人が生きる上で意味のある真理を追求すべきだ。

実存とは、ただ存在することとは違う。
自分の存在が気がかりで仕方がないのは人間だけであり、また、人間は自分から離れて自分に向き合うことが出来る。対自存在。
人は生を即興でやらなければならない。

人格や個性を失った大衆。
自分から逃げ、自分を騙す。

しかし、人間の自由は黙っていない。
自由は我々に、自分自身で何かをするように、真に実存して本物の人生を送るよう強いてくる。
実存するとは、自分の存在を自分で創造することだ。

何が正しく、何が間違っているかを考察することよりも、
決断し、行動することの方が大切である。

考えてるだけで行動しなければ、作物や海産物は採れず、生計していけない。

考えてるだけで行動しなければ、あっという間に原発が施工されてしまう。

実存主義で、自分で真理を見い出し、祝島を守るしかないのだ。



「世代と伝承」
雨風の中でも、反対運動、役所での議決、中電の台船進行の阻止の為、祝島のおじいちゃんおばあちゃん達は行動する。
そんな、おじいちゃんおばあちゃん達を常に気遣い、そして彼もまた強く愛される。

この在り方こそ、我々人間の生活に必要なものだったのではないだろうか。
世代が肩を並べ、伝統•経験を継承し、共に愛し合い生を営んでゆく。
先祖から続く土地に根をおろし、その豊穣な自然に感謝する。



私も奈良人としてこの地に根を降ろしている。奈良時代は710年から始まっているが、理由がなければこの時代に命懸けで町田まで来ないだろう。だとすると飢饉だ。奈良時代、初めの飢饉は天然痘が流行った731年だ。
仮に最長点をそことし、移住してきたとすると、今から1280年前のことだ。
おれが立っている場所は、1280年前からおれと同じ血を引く先祖達が踏み固めてきた場所だ。

誇りに思う。
土は何よりも固く、清純で、温かい。
おれにエネルギーを

誰にも汚されたくはない。

雄ちゃん、明子、長谷くん、…。
君達がいつもクソぶっとんで遊んでるこの場所は奈良人の想いの上なのだ!!
もっとめちゃくちゃに遊んでくれ!

雄ちゃん、君がいつも小便するそこは、1280年の歴史の上なのだ。笑

明子、君が採った柿やトウモロコシやキュウリやナスや白菜は1280年前から汗と心を込めて耕されてきた土が成した奇跡だ。
食いまくれ!!

ごう、
君達の結婚パーティーして、飲み過ぎてゲロっぱした場所は、467200回太陽が光と熱を届け、467200回月が嗤ったんだ。あっ、雨の日もあるか…。笑

たくさんの自然の摂理や世界観を、風が運んだ。
おまえのゲロの薫りも。笑


長谷くん、君が落ちた川は1280年我々の族を支えてきた、道路の反対側の萌ゆる山々の聖水なのだ。

もっともっと、狂ったように遊ぼうぜ。そして共に歴史の礎の一旦となれたらおれは嬉しい。



話は私事になってしまったが、大切にしている場所を、これ以上建設する必要のないあまりに危険でリスキーな原発でぶっ壊されるのなんて黙ってるはずがない。

おれもこの場所を汚されるのであれば、祝島の方々のように、白人に抵抗したインディアンのように、闘うことだろう。



誇り... それは純然たる生の核であり、あるがままの魂であろう。