【29】

今回の事件を振り返って、ふと思ったことがある。俺は、現場事務所の電話で話してるだけで、どこにも出向かなかった。

しかし、いろんな人たちが動いてくれて、ことがうまく進んだ。「動かした」ではないだろう「動いてくれた」だと思う。

電話だけという、ある意味横着な行為でうまくいったのは、自慢ではないが、俺の声と話し方にもよるだろう。やさしくわかりやすい話し方に勤めてきたことがよかったのだと思われる。思いを声に乗せるということもしてきたかもしれない。

ドロ目男の犯罪者的な声と話し方と対極にある誠実な甘い声が武器になったのかもしれない。

どちらにしても、自分の思いは声に出やすいものなのだ。

魂は声に現れる。

(完)

【28】

警察関係に報告しなければならない。

まず、兵庫県警に電話して、終息したことを伝えた。

「そうかよかったな」

被害届も出さないことを伝えた。

警視庁にも電話した。無事終わったと伝えたら

「なあんだ、そうか。あいつを逮捕できると張り切ってたんだけどな」

公務員が張り切って仕事するのはいいことだけど、ことが無事に終わるのはもっといいことのはずだ。

「せっかく、動いてもらって、こちらも心強くなれたせいで、円満解決になったんだと思います。ありがとうございました。

「ま、よかったというべきかな。また、なんかあったら電話くれ」

「はい、頼りにしています。また困ったことが起こったら、お願いします」

【27】

「それと、ヤマザキさん、うちの総務の女の子が、ヤマザキさんを好きになってしまったようで、どうですかお付き合いしてみませんか」

常務さん、仲人気分かよ。電話だけで、好きになられたことは以前にもあったけど、「幻想」だと思ってるからね。

「いえいえ、その子には、ぐいぐいリードしてくれる強い男がいいと思いますよ。ボクは弱い男ですから、向いていないですね。せっかくですけど。おことわりしておきます」

「そうですか。それと、ヤマザキさん会社を辞める予定だとお聞きしてます。どうですか、うちの会社に入っていただけないですか」

「まだ、神戸に残って復興の仕事をしたいんですよ。そのお話も、せっかくのお話なんですけど、ご辞退させていただきます」

ある意味では、運命が変わるタイミングだったかもしれないが、二つとも遠慮・拒絶した。

【26】

「ところで、ヤマザキさん、あいつの処遇なんですけど、クビにしたほうがいいですかね」

「どうでしょう。それは、そちらの会社におまかせしますが、クビはちょっときつすぎのような気がしますね」

「でもね、会社に損害を与えるような者を置いとくわけにはいきませんね」

「それじゃ、千葉の袖ケ浦に重機ヤードがあるでしょう。あそこへ送ったらどうですか」

「それもいいですね」

「会社の電話を受信専用にして、ピンクの電話でも置いておけばいいですよ」

「そうしますか」

「そこでしばらく頭を冷やして、もとに戻れるようなら、もどしてあげればいいじゃないですか」

「もとに戻れるようになりますかね」

「それは、そちらの判断にお任せします。私のほうでは、すみましたので、おかげさまで」

【25】

翌日、相手会社の常務という人から電話があった。

「このたびは、たいへんご迷惑をおかけしました」

「どうですか。解決しましたか」

「ええ、事務係長から連絡があって、私が来た時にも暴れてました。一発ぶん殴ってやったら、おとなしくなりましたけどね」

「そうですか。荒療治しましたね。しかし、一発でおとなしくなりましたか」

「そうなんですよ。根性がないんですね。一発で決まりましたから」

「常務の威厳とパワーでしょうね。そういう方がいてくれて助かりました」

「いえ、私も現場上がりですからね。負けていられないですよ」

「これで、一件落着ということにしたいと思います。ありがとうございました」

「いえ、こちらこそ、お手間取らせました」