【24】

2日程たって、事務係長から電話があった。めずらしいな。

「たいへんなんだ。あいつが暴れてる。どうしたらいいんだ」

「暴れてるって、会社の中でひとりで椅子でも振り上げてるのか?」

「そんな感じだ。どうすればいい?」

「会社の人間で止める人はいないのか」

「それが、いないんだ」

みんなおとなしいんだろうか。それとも、そんな人間に関わりたくないと思ってるんだろうか。

「ずっと上のに人間はどうだ。社長はどうせお飾りだろうから使えないとして、部長か取締役に武闘派はいないのか」

「いる。一人だけいる」

「その人に直接連絡しろ。非常事態だから助けてくれって」

「わかった。やってみる」

【23】

ドロ目男から電話がかかってきた。

「あなた、家にも電話したのか?」

「したよ。奥さんが心配だから」

「なんて言ったんだ」

「それは、教えられない」

「教えられないだとぉ。係長と女の子にはなんて言ったんだ」

「それも教えられない」

「なんだとぉ」

孤立状態になって、気落ちしておとなしくなるタイプじゃないな。荒れるタイプか。

「奥さんに暴力ふるったんじゃないだろうな」

「あんたに関係ないだろ」

「やったのか。離婚決定だな」

「あんたが悪いんだぞ。こんなことになって」

「怒りをぶつけるのはじょうずだな。でも、自業自得だって気がつかないのか」

「なんだとぉ」

【22】

「思いっきりやってください。お願いします」

お願いしますと言われると、応援されているような気がした。

「生活が変わることも覚悟しておいてください」

「…わたし、離婚しようと思ってるんです」

その決断は今回のことだけじゃなくて、積もり積もった不満から来てるんだろうな。

「…大人の男と女の関係なんで、なんとも言いませんけど、その後の生活に不安はないんですか?」

「なんとかなるって思ってます」

静かな声に強い意志を感じた。

「そこまで、強い決意なら、止めはしません。頑張ってください」

「ヤマザキさんみたいな人と結婚すればよかった」

こちらが、急に暗くさびしい気持ちになった。

「…なんともいえません。ごめんなさい」

【21】

事務係長と総務女子が、ドロ目男を無視したら、周りの人間も追従するかもしれない。いままで、人の弱いところをいじめて上位に立とうとしてきた罰だ。会社の中で孤立するだろう。孤立して、静かになって、通常業務をして、普通の交際ができるようになれば、それはそれでいい。できなければ、会社に居づらくなるだろう。

奥さんに、もう一度電話しておこう。

「奥さん、旦那さんは、俺のために会社をやめることになるかもしれません。最悪の場合ね」

「すみません。ご迷惑をおかけしまして」

「いえ、それより、だんなさんが会社を辞めて、生活していくのがたいへんになると気になったんですよ」

「しかたのないことだと思います」

「そこまで、割り切ってくれているなら、こちらも、思いっきりやらせてもらいますよ」

【20】

次は総務女子につないでもらった。

「私になんの用ですか?」

相変わらず不機嫌そうだ。

「今、事務係長と話がついた。これからは、あいつのこと無視してくれるか。そうしないと、自分が孤立するよ」

と、一気にまくしたてた。

「無視するって…」

「うん、言葉で拒絶するのはむずかしいだろ。だから、あいつが話しかけてきたら、サッと立ち上がって、女子トイレか給湯室に逃げ込めばいい。いい?サッと立つんだよ。おばさんみたいに『どっこいしょ』なんて言ってちゃだめだよ」

すると、女子は笑った。

「ふふふ」

「色っぽい笑い方するね。いいよ。怖がらなくていいから、ゲームのつもりで逃げるんだよ」