あれも
これも
手にいれたい

自分の思い通りにしたい

よくばる

いいことは無くて

よくばった分だけ

あるいはそれ以上に

しっかりしっぺ返し


よくばるのをやめようと

ちらっと思うのだけど


これがやめられないんだなあ


全く弱っちいもんだ


明日は少し

ほどほど

について

考えてみよう。





Android携帯からの投稿
いよいよ来週末、津波被害のあった土地に行き、どうやら急きょ開催されることになった、お祭りの対応がメインとなった。
バーベキュー、わたあめ等々の屋台?を出し、ステージでは地元中学生の和太鼓演奏、カラオケ大会、クイズコーナーなど。
大きなスポンサーなど無く、いろいろ不十分なところはあるだろう。

3月の津波で人が亡くなり、家を失い、船も流され、途方にくれたところから、ようやくここまで生活を立て直してきた、海に生きる人たち。

そこで、生きることが未だ最優先の日常の中で、楽しいことや、子どもたちとおとなが、家族で楽しむことなど、まだまだ後回しになっている夏。

なんちゃってサーカス団が、そこに訪れ、なんちゃって、な笑いや、歌や、声援や、拍手を届けられたらいい。

いい夜だったよ、と誰のココロにも何かしら温かいものが残るように、
子どもたちにも、あの夏の夜を大人になってもちょっとだけでもおぼえていてもらえるように、
なんちゃってサーカス団は北へ。

もちろん、動物はいなくて動物のような人たちが、
特にあれこれ芸をするほどでもないので、サーカス団とは言い難いけれど、
気分はなぜかサーカスなのだ。




今夜、放射能についての学習会に参加した。

見えない恐怖、5年後以降に発症率が高まると言われる甲状腺癌、これから100年は放射能汚染の影響が続くだろうということ、などなど。

他にもいろいろな話があったが、現実を受け入れ、楽観も達観もせず、不安が無くならないことを受け入れながら、それでもなお生きていくしかないか、というあたりが今の自分の結論。

雨ニモマケズのように、そういう人にわたしはなりたい、というような人にはまずなれないが、
不安がさらに大きな不安を生むのではなく、等身大の不安であるように、自分にできることがあるのだろう。

命には始まりがあって終わりもあるけれど、次の新しい命に、しっかりつながっていかなくちゃ。