仕事は夏休み中。
昨日までは暑くて外にもあんまり出ずプチヒッキー。

この間仕事や仕事以外でもなんやかやの疲れやストレスもあったからか、連日泥のように寝ていることも多かったが、今日は涼しくなって車で雨の中、少し出掛けた。

雨の中で車を走らせても、景色が良い訳でもないが、あれこれ考えてることより運転に集中する分、頭の中のモヤモヤがスッキリして、スポーツほどでは無いがいい気分転換になる。

この頃ちょっといろいろ、無理していたようだ。

雨の日は雨、天気など変えられようもない。

等身大でいこう。




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と佐野元春が「ガラスのジェネレーション」で歌ってから30年。

「つまらない大人」「情けない大人」「ずる賢い大人」としてはもう十分懐メロなガラスのジェネレーションになった。

けれど、忘れてしまった多くの日常の中で、決して忘れることのない瞬間の断片がいくつかある。

いいことも悪いことも嬉しいことも悲しいことも。

それらの中に、つまらない大人じゃない、と言い切れるものも、しっかり混じっている。

次は、つまらないジジイにはなりたくない、がぼちぼちと訪れそうだが、いろいろなことを今以上に忘れたとしても、やはり自分の願う道を行こう。




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いやー失敗したなー、でしばらく心は曇天雷雨暴風雨ときどき放心状態だったが、その気分がいつまでも続く訳でもなく、仕事に追われ暑さにゲンナリし帰ったらシャワーでさっぱりしてからしばらく控えていた酒、今は赤ワインなどぐびぐび飲んで寝てまた朝起きて仕事、を繰り返すうちに、電車の車窓を過ぎていく風景のように、あの祭りの夜が光を放ちながらも遠く小さくなっていく。
もう一度、同じ場所で似たような新しい祭りを開くのは可能だが、
あのときのあの場所の「あの祭り」には戻れない。

夜空の星のようなもんか。

そんな情けなくも恥ずかしい、中途半端な星空を自分の頭上にちりばめながら、毎日おそらく1つ以上の星を空に放っている自分なのだろう。

我を忘れている時は全く忘れているが、これ以上落ちようが無いところで顔を上げた時に見える星たち、恥ずかしさで出来た星、情けなさで出来た星、今はそれぞれ光を放っている。そして今さら手は届きはしない


まあ仕方ないよな。

そうやって生きていくのだよ。

そして消えはしない光を、忘れることはない。








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