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自称
けっこう
いつもがんばっている
ので、
がんばらない
ときは
がんばらない。

今日は何もしなかった。
寝ていた。
寝ながらテレビを見ていた。
長風呂につかった。

何もしないけど、ゴハンは食べた。

夜になり、またダラダラテレビを見ている。

でも、この間溜まっていた疲れがとれた感じがする。

また明日から
ぼちぼちいこう。
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このブログで使っている写真、そして花の写真の多くは、北海道紋別郡滝上町の「陽殖園」という所に昨秋訪れた時の写真。

長い時間をかけて復興していく東北の道には、いつか花が咲くように、そして傷ついた人々の心の中にも、
いつかそれぞれの花が咲きますように。


今夜は、前の職場で一緒だった若い女性が、
退職して新たな道を行くことを祝う送別会だった。

私から見れば娘のような歳の彼女は、自分のやりたい仕事をやるための転職。

新しい世界で、元気に働いて生きていかれることを願うばかりだ。


震災でいろいろな物事が破壊され、
失った人々、失った物事、放射能で奪われた地域の未来、これからもまだ何が起こるかわからない中で、
それでも皆、今を生きている。

そして、未来がある。


絶望の中から希望を見い出すなど、
今は非現実的だけれど、
生きている命は、自らその命を絶ってはいけない。
誰かを殺してもいけない。
誰かに殺されてもいけない。

じゃあ生きる意味は何だ、
と問われるならば、
そんなことは知らない。
ただ、命ある限り生きよう、と言いたいだけだ。
まだ見ぬ美しい景色、素晴らしい人、出会ったことの無かった優しさ、

それがまだこの世にあると思うなら、
それを見たいと思う。
出逢いたいと思う。

未来は、今ここにある。
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金曜日。
月火水木と働いてきた身には、
ああようやく週末だ、
とホッとする日。

大震災以降、
日付や曜日の感覚が混乱し、
また高血圧にも災いしてか、
頭に血が上り、
けれど触ったオデコは冷たい、
そんな不安定さも、
少しずつ元に戻るようだ。

夕べも宮城で大地震。

自分がもし、
被災者だったら、
もう疲れきっているだろう。

それでもまだまだ、
復興の道の入り口で、
放射能の脅威にも怯えながら、
「頑張ってください」と励まされても、
言葉で「はい」と応えるのが、
きっと今は精一杯だろう。

疲れたら、
休むしかない。

休むと、
疲れがどんどん出てくる。
だからそのままどんどん休む。

生き物なんだから、
疲れきったら休まないと。

休むのに疲れたなー、
という頃、
新しい
どっこいしょ。

1日で回復する人もいれば、
10年かかる人もいる。
違っていていいんだ。

違ってないと、
インチキだぜ。