目の前一面に火があった。小さな家屋はすでに劫火の中に崩壊しようとしていた。
(メアリさん!ジョン!どこだ?どこにいるんだ?)
勇悟は心で叫びながら火の中に駆け込んだ。消防官やヤジ馬たちが口々に怒鳴る声も耳に入らなかった。
目に見えない腕をイメージして、テレキネシスを振りまわして火の粉をかき分けていく。自身の周りの空気の熱量を下げ、熱の猛威から身を守る。そして居間の床に、うつ伏せに倒れた二つの人影を認めた。
目に涙を浮かべながら駆け寄ったが、メアリの息はとうに途絶え、ジョンも視界を失うほど煙を吸って虫の息だった。
「ジョン、俺だ。ユーゴだよ」
声をかけると身じろぎもしないまま、ジョンの意識野に映像が展開された。
お茶を飲みながらくつろいでいた二人。突然、あたりが炎に包まれた。ジョンが驚いて見回した時には、もはや逃げ道はなくなっていた。
呆然とする二人の前に忽然と、黒いスーツ黒いサングラスの二人の男が現れた。勇悟はテレポーテーションだ!と思った。MIS、陸軍情報部サイキック部隊の人間だろうか。これは彼らの報復行為なのだろうか?
不意にジョンは心臓に衝撃的な苦痛を覚え、気が遠くなった。
その映像が勇悟への遺言だったかのように、それきりジョンの意識は深い闇に落ちていくことに抵抗しなかった。
勇悟はまるで自分の命が失われたかのように、しばらくの間火が迫るのも忘れて呆然としていた。人の死をそのまま精神感応で受け止めたのだ。人の死をその心の内側から見たのだ。
(死んじゃった。僕、怖がっているばかりで、何もしてやれなかった)
勇悟は気を取り直して、そのテレパシーに振り返った。
足もとで震えながら、子犬がジョンの死に顔を見つめていた。
(死んじゃった。僕にやさしくしてくれたのに・・・)
そうか、俺を呼んだのは、君だったのか・・・
勇悟はゆっくりと子犬を抱きあげた。
僕も悲しいよ。とても悲しい・・・
だから、一緒に行こう
子犬が勇悟を見上げた。つぶらな目が、勇悟を見つめてきた。
やがて子犬と勇悟は、ゆっくりとジョンの小さな身体に目を落とした。
(さようなら)
彼らのテレパシーがむなしく、炎にかき消された。
(10へ続く)