『鬼の跫音』 道尾秀介/角川書店 | 砂場

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本の感想と日記。些細なことを忘れないように記す。

鬼の跫音
鬼の跫音
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道尾 秀介
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江戸川乱歩の影響を色濃く受けた、怪奇幻想短編集。読者をミスリードさせる内容はかなり技巧的で、その伏線が衝撃的な結末へと繋がっていく。今まで僕が読んだ道尾秀介の小説は『ラットマン』『カラスの親指』『星と流れ星』『龍神の雨』。これらは重いストーリーでも、どこか救いと優しさがあったように思うけど、今回はどこまでも暗黒面に突き落とされる、黒道尾だ。今までの道尾ファンは、ちょっと引くかもしれない。

全ての物語に「S」という男が登場する。まったく別人でありながら、「S」という名称を与えられたその登場人物にによって、主人公は心の奥に潜む「鬼」を呼び起こされる。ある時「S」は友人であり、ある時「S」は死んだ連続殺人犯であり、ある時「S」は犯罪をそそのかす同級生であり、ある時「S」は自分をいじめる同級生であり、そしてある時「S」を殺し、またある時は「S」を心の底から愛する。

どこまでも救いのない物語たち。凄惨な事件の数々。いったい、どこで彼らは道を誤ったのか。読み進めるうちに、読者はさらにその闇の奥へと連れて行かれ、そしてそこに置き去りにされる。もし、「S」と出会わなければ、彼らは幸せな人生を歩めたのだろうか。少なくとも、これほどまでに残酷な結末に突き落とされることは無かったかも知れない。けれども、「S」は鬼ではない。人の道を外れて鬼となったのは、まぎれもない自分自身だった。彼らは鬼の姿でありながらも、人の心を宿している。その鬼と人の狭間で、僕は身動きがとれなくなる。

蛇足

どの短編にも何か江戸川乱歩の名作を示唆する要素が含まれていることに気付いた。崖から突き落とす「鈴虫」は「赤い部屋」だし、椅子が重要なポイントとなる「ケモノ」は「人間椅子」、床下を這う泥棒の「箱詰めの文字」は「屋根裏の散歩者」だろう。スケッチブックに人を閉じ込める「悪意の顔」はもちろん「押絵と旅する男」。細かい一致はわからなかったが「よいきつね」はなんとなく「目羅博士」を彷彿とさせる。他にも、一編に複数の要素が紛れ込んでいるものがあるかも知れないが(「ケモノ」には「芋虫」的な部分がある)、江戸川乱歩を全作読んでいるわけではないので、そこまでは分からなかった。「冬の鬼」は夢野久作の「瓶詰地獄」を思い起こさせるものがあるので、怪奇幻想作家がもっといろいろ入り混じっているのかも知れない。

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