これからはミルク代もオムツ代もかかるのだから、新刊はあまり買わないでおこうと思った。家に帰れば積読本が山のようにある。一年や二年は読む本には困らないはずだ。
『求愛瞳孔反射』。僕は穂村弘のエッセイの大ファンだ。だから、そういえば今月の新刊だったなと、入荷した本たちの中から手に取った。表紙のイラストは『ミーナの行進』の挿画も手がけていた寺田順三。このカバはミーナのカバと同じカバだろうかと凝視するが、僕にはどのカバも同じに見えるのでよくわからない。内容は詩集だった。穂村さんは短歌だけでなく詩も読むのかと、パラパラと捲って目に留まったページを読んでみる。
ドライブスルー
途中で
僕たちはドライブスルーに寄った
窓を降ろして
マイクに向かって
「コーラ」
「MとLサイズがございますが」
「Lで」
「以上でよろしいでしょうか」
「うん、僕たちはこれから海へゆくんだよ」
「いってらっしゃい」
「はーい」
僕たちは
これから海へゆくんだよ
途中だが、ここまで読んで本を閉じた。仕事中だ。そして僕はしばらく新刊は買わないと決めたのだ。それから黙々と書店業務をこなす。この本の配本は一冊しかなかったから迷わず棚に差した。有線のチャンネルを変えると、蛍の光が流れ初める。お客さまが誰もいなくなって、僕はレジ閉めを始める手を止めて少し考える。ミルク代とオムツ代。よし、売れずに残っていたら、その時は買うことにしよう。
棚に差した新刊がその日に売れることなど無いと知っている文庫担当者の目論見は成功し、帰宅後、布団に潜り込んで続きを読む。娘はよく眠っているようだ。
