構造主義の超入門書。構造主義の全貌を掴むというわけではなく、大まかな流れと、主要人物の主要なテーマのみが書かれている。構造主義とは何だろうと思いつつも、本格的に勉強するほど興味があるわけでもない(僕のような)人には最適だ。もちろん、構造主義の世界に入っていくための足がかりの本としても最適だ、と思う。
内田樹曰く、構造主義とは
私たちはある時代、ある地域、ある社会集団に属しており、その条件が私たちのものの見方、感じ方、考え方を基本的なところで決定している。だから、私たちは自分が思っているほど、自由に、あるいは主体的にものを見ているわけではない。むしろ私たちは、ほとんどの場合、自分の属する社会集団が受け容れたものだけを選択的に「見せられ」「感じさせられ」「考えさせられている」。そして自分の属する社会集団が無意識的に排除してしまったものは、そもそも私たちの視界に入ることがなく、それゆえ、私たちの感受性に触れることも、私たちの思索の主題になることもない。
こんなに分かりやすくていいのだろうかと不安になる。ちなみにウィキペディアの構造主義 の項目を参照してみると、こう書いてある。
構造主義(こうぞうしゅぎ)とは、数学、言語学、精神分析学、文芸批評、生物学、文化人類学などにおいて何らかの形で構造を重視する立場である。
一般的には、研究対象を構成要素に分解して、その要素間の関係を整理統合することでその対象を理解しようとする点に特徴がある。例えば、言語を研究する際、構造主義では特定の言語、例えば日本語だけに注目するのではなく、英語、フランス語など他言語との共通点を探り出していくメタ的なアプローチをとり、さらに、数学、社会学、心理学、人類学など他の対象との構造の共通性、非共通性などを論じる。
難しい。言葉の意味は分かるが「だから、構造主義って何?」という疑問が解決した気にならない。だが、内田先生の説明は、ほんとに寝ながらでも理解できる。僕はタイトルに忠実にこの本を読むときは寝転がって読んだが何の支障もなかった。退屈で眠くなることもなかった。
構造主義を学ぶ前段階として、まず、マルクスやフロイトの説明がなされる。本文では詳しく述べられているが、ここさえ押さえておけば全体像は掴めると思われる。
マルクスは人間は自由に思考しているつもりで、実は階級的に思考している、ということを看破しました。フロイトは人間は自由に思考しているつもりで、実は自分が「どういうふうに」思考しているかを知らないで思考しているということを看破しました。
そして、ヘーゲルやニーチェの思想を寝ながら学び終えると、構造主義の始祖と言われる言語学者のソシュールが登場する。
ソシュールが教えてくれたのは、あるものの性質や意味や機能は、そのものがそれを含むネットワーク、あるいはシステムの中でそれがどんな「ポジション」を占めているかによって事後的に決定されるものであって、そのもの自体のうちに、生得的に、あるいは本質的に何らかの性質や意味が内在しているわけではない、ということです。
これを押さえたら構造主義の基礎学習は終了。この後は構造主義の四銃士と呼ばれる人たちの大活躍となる。「フーコーと系譜学的思考」「バルトと零度の記号」「レヴィ=ストロースと終わりなき贈与」「ラカンと分析的対話」。これらの思考法の重要な部分のみが分かりやすく説明されている。本文でも、とても分かりやすく簡単に書かれているのだが、あとがきでは数行でこの4人の紹介がされていた。
レヴィ=ストロースは要するに「みんな仲良くしようね」と言っており、バルトは「ことばづかいで人は決まる」と言っており、ラカンは「大人になれよ」と言っており、フーコーは「私はバカが嫌いだ」と言っているのでした。
今まで構造主義という言葉を聞いたり、ここで紹介されている人の名前を聞くだけで、難しい話だと拒絶反応を起こしていたけれど、この本を読んだら親近感&興味がわいてきた。
★★★★★
■構造主義四銃士、ラカンの超入門書
読んでみたいけれど、家にある積読本を減らしてからだと自分に言い聞かせる。

