■小説系
2位。今年最強のエンターテイメント。京都という言葉を聞くたびにホルモーを思い出す。
3位。世界がもうすぐ終わるという、そんな時に僕は何ができるのか。
4位。本を読む様々なかたち。動物の種類だけ読書の姿がある?
5位。いろいろな仕事をする人たち。愛すべき人たちの姿。
■新書系
1位。学びは学びの中にある。だから先生はえらい。
2位。本を読むための心得。まずは椅子。本はいらない。
3位。安易に狂気を扱わない、狂気の守備範囲を知る本。
4位。読書論で一冊選ぶならこれ。全力読書。
5位。僕らがこの世界を壊しているという自覚。
ほとんど同じ時期に、このふたつの文章を読んだ。それから僕の小説の読み方が少し変わった。
「今の私」というのは、無数の「私がそれであったかもしれない私、私がそうなるかもしれない私」を控除した「残り」です。そういう無数の「可能性としての私」を縦横にずらりと並べてはじめて、「今、ここにいる、当のこの私」がとりわけ何ものであるかということが言えるわけです。(『先生はえらい』内田樹)
「ワタナベ君は私だ」と思うのは、とても正統的な本の読み方のひとつだということです。そして逆の言い方をすれば、僕(作者)はまったくワタナベ君ではありません。ワタナベ君は「僕があるいはそうあったかも知れない人」です。だからこそあなたにとってワタナベ君は悲しく、僕にとってもワタナベ君は悲しいのです。(「これだけは村上さんに言っておこう」村上春樹)
よいお年を。








