- 水木 しげる
- ねぼけ人生
記念すべき今年最初の読了本。タイトルが素晴らしいので、今年はまずこれから読むぞと決めていた。内容は水木先生の自伝。
僕は子供の頃からゲゲゲの鬼太郎が大好きで、水木しげるも敬愛しているのだが、よく考えたら水木先生がどのように生きてきて、今にいたるのか詳しくは知らない。断片的には知っているのだが、こうして子供時代から売れっ子漫画家になるまで丁寧に読んだのは初めてだ。ということで、なんとなく古本屋で買ったのだが、これは大当たり。
1922年鳥取県境港に生まれる。マンガ家であり妖怪研究家でもある。戦時中、ラバウルで片腕を失う。戦後、魚屋、リンタク屋、アパート経営などを経て、紙芝居を描きはじめ、のちに貸本マンガに転じる。
(カバー見返しの著者略歴より一部抜粋)
見事なまでの波乱万丈な人生。特に戦後の紙芝居、貸本マンガ時代は「戦争のほうがまし」と言うぐらい凄まじい貧乏生活。戦前にあった「ハカバキタロー」という紙芝居があったことを聞き、水木しげるは「鬼太郎」をつくる。
鬼太郎は、何回も死ぬが、そこにいろいろな工夫があって、実はコレコレしかじかで生きていたとなるのだが、これをやっているうちに、超能力のようなものを持っているということになった。後のマンガやアニメになった鬼太郎は、初めから超能力を持っているが、初期の鬼太郎には、超能力というものはなかった。不幸な環境に生まれた子供が、”どうしても生きよう”という強い意志によって、普通の人間にはできないことができるといった話だった。
鬼太郎の不幸というのは、母の死、そして、父の死、思いやりのない世間、といったものだが、そういう不幸に、弱い子供が一人で立ちむかっていく。そして、子の行く末を思う親の心が目玉と化し、鬼太郎のポケットに、いつしか入ることとなる。
(中略)
当時は、物のない苦しい時代だったし、娯楽も少なかったから、この悲壮な鬼太郎の話は大人にも受けた。初期の鬼太郎は悲劇ものだったのだ。これは、勝丸先生と僕とその家族の必死で生きる姿そのものでもあった。