- いしい しんじ
- ぶらんこ乗り
ぶらんこが上手で、指を鳴らすのが得意な男の子。声を失い、でも動物と話ができる、つくり話の天才。もういない、わたしの弟。――天使みたいだった少年が、この世につかまろうと必死でのばしていた小さな手。残された古いノートには、痛いほどの真実が記されていた。ある雪の日、わたしの耳に、懐かしい音が響いて…。物語作家いしいしんじの誕生を告げる奇跡的に愛おしい第一長篇。(紹介文より)
「わたしたちはずっと手をにぎってることはできませんのね」
「ぶらんこのりだからな」
だんなさんはからだをしならせながらいった。
「ずっとゆれているのがうんめいさ。けどどうだい、すこしでもこうして」
と手をにぎり、またはなれながら、
「おたがいにいのちがけで手をつなげるのは、ほかでもない、すてきなこととおもうんだよ」
ひとばんじゅう、ぶらんこはくりかえしくりかえしいききした。あらしがやんで、どうぶつたちがしずかにねむったあとも、ふたりのぶらんこのりはまっくらやみのなかでなんども手をにぎりあっていた。
孤独な少年の物語。木の上のブランコで暮らしているけど、寂しいなんて言わなくて、動物から聞いたという物語をノートに記す。毛の半分抜けたノラ犬を飼うことになり、声の出せない少年はその犬を呼ぶとき指の音を鳴らす。だから、その犬の名前は「指の音」。指の音の毛が抜けた地肌の部分はみんなの伝言板となる。
「ゆびのおとこはふしぎだ。へんないきものなんだ。もちろん、サルやペンギンなんかとはまるっきりちがうし、まちにいるほかのいぬたちからも、はっきりういちゃってるのもわかる。どうぶつより、ひとのなかにいるほうがなじんで、あんしんしてるようにみえる。ふしぎだ。かんがえてみれば、それはぼくと、ちょうどせいはんたいってことなんだ」
なんだか、ものすごく書評が書きにくい物語だなと思う。この物語の素晴らしさをうまく文章にできない。言葉にすると、どうしても胸のなかにある思いとずれてしまう。なるほど、これは愛おしい物語だ。胸のなかに、大切にしまっておきたい物語。これがデビュー作とは、人気になって当然だろう。もし誰もいしいしんじを知らなくて、僕がこの物語を読んだなら、きっと色々な人に強力に薦めると思う。そして、上手く伝えられなくていらいらするだろう。
今月の新潮文庫、『麦ふみクーツェ 』が発売。