- いしい しんじ
- ポーの話
泥川のなかで生まれた「ポー」の物語。泥川のうなぎを取って生きている「うなぎ女」から生まれた「ポー」。生まれた時、鳩が「ポー」と鳴き、それが理由かどうかは分からないが「うなぎ女」たちは、その子を「ポー」と呼んだ。
ポーは頭がよくない。全てをあるがままに受け入れるポーは、特別に価値のある「たいせつなもの」がどういうものかのか分からない。善悪の基準を持たないから「ざいあくかん」も理解できないし、ましてや「つぐない」など理解できない。
物語の途中からポーと行動を共にする「天気売り」は天候が全て自分によって決まると思っている。だから、晴天の日は誰よりも嬉しそうに空を見上げ「みんな、そら、みてください」と叫んでまわる。雨の日は、町中の人に謝って歩く。雨が降ったのは自分の行いが何か間違っていたらかだと思うからだ。「天気売り」はおばあさんの形見のコンパクトを大切にしている。これを開いて鏡に空を映すと、そこには明日の天気が映し出されると思っている。
ポーと天気売りは泥の川が流れる街に住み、洪水の濁流に流されてそのまま旅にでる。そして、さまざまな人と出会い、彼らの「たいせつなもの」や「ざいあくかん」「つぐない」を見ることとなる。善と悪。知と痴。清と濁。それらに明確な境界線などない。
読み始めてすぐ「ドブネズミみたいに美しくなりたい」という歌の歌詞を思いだした。この歌詞は「写真には写らない美しさがあるから」と続く。「ドブネズミみたいに誰よりもやさしい」「ドブネズミみたいに何よりもあたたかく」。そんな物語だ。