もうひとつの時間 | 砂場

砂場

本の感想と日記。些細なことを忘れないように記す。

いつものように仕事に行き、文庫本を並べていく。僕は棚の前で背表紙を睨みながら、どの本を返品するか考える。いつだって棚には隙間なく本が並んでいて、1冊を棚に入れるためには1冊を棚から返品しなくてはいけない。ここで立ちどまるから僕の仕事は遅い。

 

何度も背表紙を端から順に見ていくが、どれも返すには惜しい。今日迷わず返品できる本など棚に並んでいない。そんな本があれば、それは昨日返品している。1ヶ月後なら迷わず何冊も選べる。だが、残念なことに昨日と今日はそんなに変わらない。

そんな腕組みした僕の鼻先を、白い影がユラユラと通り過ぎた。そのまま棚の上を飛び回って天井近くまで舞い上がる。この至近距離で見間違える分けもない、モンシロチョウが店内にいる。窓は閉め切ったままだから、誰かと一緒に自動ドアを通って店内に入ってきたのだろうか。

 

僕が見上げていると、モンシロチョウは蛍光灯の付近から降りてきて、もういちど僕の目の前を横切って、雑誌コーナーのほうへと飛んでいった。書店のなかにモンシロチョウがいる。僕はその場に立ち尽くしたまま、視界から消えるまでモンシロチョウを目で追いつづけた。


ぼくたちが毎日を生きている同じ瞬間、
もうひとつの時間が、
確実に、ゆったりと流れている。
日々の暮らしの中で、
心の片隅にそのことを意識できるかどうか、
それは、天と地の差ほど大きい。


 星野 道夫『 旅をする木』より引用