
著者: 野沢 尚
タイトル: 深紅
本日読了。タイミングを狙ったわけではないが、本書も吉川英治文学新人賞受賞作。昨年、野沢尚氏が亡くなったときに買って積読になっていたのを一昨日から読み始めた。読み終わり、今更ながら惜しい人を亡くしたと実感した。直木賞なんて余裕で取れる才能があったのに。いや、自殺するぐらいなら直木賞なんかいいから、筆を折ってくれてもいいのに。追悼フェアで本が売れても、やっぱり虚しい。売れないと悲しすぎるけど。
父と母、幼い二人の弟の遺体は顔を砕かれていた。秋葉家を襲った一家惨殺事件。修学旅行でひとり生き残った奏子は、癒しがたい傷を負ったまま大学生に成長する。父に恨みを抱きハンマーを振るった加害者にも同じ年の娘がいたことを知る。正体を隠し、奏子は彼女に会うが!?吉川英治文学新人賞受賞の衝撃作。
脚本家の人が書く小説は映像が目に浮かぶので好きだ。本書でいうと第一章はまさに読んでいて映像が目に焼きつく。修学旅行で知らせを受けた主人公が家族が収容されている病院までいく過程を描いているが、この緊張感は凄い。そして第二章は、殺人犯が自らの動機を詳細に書いた上申書になっている。これがまた強烈だ。第一章で被害者の少女に同情していたのに、第二章で殺人犯にも殺すだけの理由があり「完全悪」と切る捨てることができなくなる。複雑な気持ちのまま、物語は被害者の少女が成長した大学生活へと移っていく。
「私だけ生きててごめんね」と闇に呟いた被害者の遺族。「父親と一緒にあたしも殺せばいい」と捨て台詞と吐いた加害者の家族。第一章と第二章はプロローグに過ぎなかった。この二人が出会うことになる第三章からこの「小説」は「物語」へと動き始める。
死刑判決を受けた父親についてどう思っているのか。なぜ「あたしも一緒に殺せばいいのよ」と元警官の端本に口走ったのか。奏子は未歩の核心部分に触れたい。それは自分の核心部分より傷だらけでなければならない。
殴られたような口元の傷よりも、湿布を貼りつけた肩の炎症よりも、もっと深くて鮮やかな色をした都築未歩の傷を見たかった。
主人公の奏子は自分が何をしたいのか自問自答を繰り返す。奏子は自分の感情を探り続けるのだが、それより先に行動が起こる。主人公の感情が読めないので、僕はページを捲りながら不安になる。この物語はどこへ向かっているのだろう。その不安はそのまま奏子の不安な感情と重なってゆく。
「そんなふうに考えたらきりがないよ」
奏子は勢いこんで言う。「やった方の罪悪感もやられた方の憎しみも、それだと永遠に続くことになって、終わりがないよ、救いがないよ」
本心とは程遠い言葉だ、と奏子は言った後に思う。犯人への憎しみに終止符を打つために、自分は都築未歩と会おうとしたのではない。