
著者: 三崎 亜記
タイトル: となり町戦争
第17回小説すばる新人賞。本書がデビュー作ということで、今後注目されることは間違いない大型新人。
となり町との戦争がはじまる。
僕がそれを知ったのは、毎月一日と十五日に発刊され、一日遅れでアパートの郵便受けに入れられている〔広報まいさか〕でだった。町民税の納期や下水道フェアのお知らせに挟まれるように、それは小さく載っていた。
表紙は青空が広がって遠くに町並みが見える写真。内容のイメージと見事に合致している。装丁は鈴木成一デザイン室。最近、装丁がいいなと思って確かめると鈴木成一デザイン室であることが多い。現在、最も人気のあるブックデザイナーだ。
とりあえず最初に僕が心配したのは、通勤というきわめて私的なことだった。(中略)「戦争となると、やっぱりとなり町との道路は封鎖されるのだろうな」
内容はとにかくシュール。戦争が行われているにもかかわらず、町にはまったくそんな気配はない。軍服姿の兵隊がいるわけでもなく、戦闘機が飛び交ったり爆音が響くこともない。それでも戦争が行われているという現実感の無さ。主人公は戦争の現実感のないまま敵地偵察の辞令を町役場で受け取る。だが、敵地偵察といっても通勤途中にみかけたとなり町の状況を報告するだけ。戦時中とはいえ、いつもと変わらない町の様子に、たまたますれ違ったとなり町のゴミ収集車や、選挙のお知らせの広報車について書き、報告書を埋める。
「なんだか、ぼくがイメージする戦争と、まったく違う形で、違う手順で戦争が行われているんですね」
「私たちには条例どおりの手順を踏んで業務を遂行するしか術はないんですよ」
「ただぼくには、この町がやっている戦争ってものがまったく見えてこないし、いったい何のために戦っているのかも見当がつかないんですよ」
「おっしゃることはよくわかります。過去の戦争が、私たちの記憶の彼方へと消え去って久しい時間がたちました。役場の中にも実際に戦争を体験した、という人間はもはやおりません。ですから私たちそれぞれが、自分の持っていた戦争のイメージと、現実に自分たちで遂行する戦争のギャップに苦しみながらも、現実の戦争の各場面に応じた対応を積み重ね、協議を重ねつつ対処しているのが現状です」
役所が行う「事業」としての戦争。戦争のリアリティを求めつつも、平穏な日々を過ごす主人公。新たな辞令を受けて状況は変わるものの、主人公が戦争のリアリティを感じられないことは変わらない。どこまでもシュールにこの物語は進んでいく。ラブストーリーの部分も、この現実感のなさを引きずっていて、なんとも微妙な関係を描いている。
井上ひさし氏「このすばらしさを伝えるのは百万言費やしても不可能」
高橋源一郎「素晴らしい!こんな完璧に近い作品は、新人でなくても一年に一つあるかどうか。選考委員は全員『すげえ!』とうなったと思う。うらやましい」
戦争を体験した人がこの物語を読むと、どう思うのかは分からない。戦争での事務手続き的なところには通じる部分があるかも知れない。だが戦争を知らない僕にとって、この「実感のない戦争」こそリアルだ。リアリティの無い戦争を描き切ることで、僕たちにとっての「リアルな戦争」を描いている。直木賞候補は確定かな。
五木寛之氏「卓抜な批評性か、無意識の天才か。いずれにせよ桁はずれの白昼夢だ」