このままでイイなんて思ってない


でもどうしたらイイのかわからない


彼女の涙の理由を聞きたいが 思いきれない


受け止められるのか 自信がない


何も言うことができない


ただ隣にいるだけ


黙って傍にいるだけ




彼女には相応しくない男


彼女を幸せにできるだろうか


俺なんかよりもっと他の誰かの方が・・


そんな認めたくないことばかりが 頭の中にたくさんある



彼女を愛してると言いながら


俺は自分を愛してるんだ


だから傷つくことを恐れて 何もできない


確かに いままで誰かを愛したことなどなかった


そんな俺が いま もがいている


こんなに苦しくて


こんなに愛おしいと思う感情


生まれた初めての 感情




彼女が俺に与えてくれた

今日は昨日より気分がイイかも?


パジャマはやめて 服に着替える


そうすると身体もついてくるような気がする


カーテンを開けると 明るくて 一日が元気に始まった気がする


やっぱり 晴れてる日好きだな


どこに行くわけでもないけど


何をするわけでもないけど


外が太陽の光で 明るいのはいい


のんびり犬の散歩をしたり


花壇の花の世話をしたり


太陽に照らされてみるのもいい




こんな日に 一人で過ごすのもいい



「お帰り。」


尚が声を掛ける。


「ただいま。」


「仕事、忙しそうだな。


大丈夫か?


無理してないか?」


「ありがとう、大丈夫よ。


それに今日は仕事じゃないし。」


美緒と会っていたことを尚には話さなかった。


いつの間にか周りのことを考えて、波風の立たない方へと進んでいく術を覚えていた。


彼女と尚の問題にかかわることを避けた。


「アイス買ってきたんだけど、食べる?」


「ああ。


麻衣、今度ゆっくり話がしたいんだけど、時間いつだったら都合付きそう?」


「今でもいいよ。」


「別の日がいいんだ。」


「何?


難しいこと?」


「金曜日の午後からだったら何時でもいいよ。」


「じゃあ、金曜日の二時にここに来るから。」


尚は迷って迷って今のこの気持ちを伝えようと思った。


男らしくない自分に腹が立っていたし、身勝手な自分を許せない気持ちもあった。


だけど、どうしてもこのまま別れるのが嫌だった。




美緒は毎日の生活の中で尚との距離を感じ始めていた。


彼は何も言わないが、心が自然に感じ取る。


この不安定なものの根は尚の心の迷い、きっとそれだ。



これからって時にどうしてこんなことになってしまうのか。


あの人から奪い取った罰?


そんな気がした。


尚が彼女と過ごしてきた時間の重さが今になって美緒の心に刻み込まれた。


もうダメかもしれない。




麻衣は新しい小説に取り掛かっていた。


資料を集め、イメージを広げるために地図を開き写真を見入る。


ほとんどが頭の中で描く風景だった。


今はまだ時間がある。


行ってみるのもいいかもしれない。


物語の舞台となる場所へ。


自分の身体と心で感じてくるのもいいかもしれない。


太陽の眩しさも、そこに暮らしている人々の姿も・・。


決めた。


麻衣は広げていた何冊もの本を書棚にしまった。


そんな時、携帯の着信音が鳴る。


「麻衣、俺、慎二。


今、大丈夫?


少し出てこないか?


外に車停めてるんだ。」


「うん。


ちょっと待って、すぐ行くから。」


急いでエレベーターのボタンを押す。


「お待たせ。」


「今度の日曜日、サーキットに行かない?」


「いいよ。」


「何か、どうでもいいような返事だな。


どうかしたか?」


「ちょっとね。」


「話してみろよ。」


「慎二に言ってもどうにもならないからね。」


「そうか・・、じゃあ聞かないけど・・・。


麻衣、今すごく格好つけて生きてるだろう。


本当は足元を見てどうにか歩いてるって心境のくせして、わざと背筋をピンと伸ばして歩いてるだろ。


もっとラクに生きろよ。


俺と付き合ってる時も、少し無理してるんじゃないかって思っていたけど、 今の麻衣を見ているとすごく無理してる気がする、違うか?」


「そう・・、慎二もそう思う?


私もそう思ってる。


もう折れちゃいそうだよ。


慎二、折れちゃいそうだよ。」


麻衣はかすれた声で言った。


「俺でいいのか?


助けて欲しいヤツって俺でもいいのか?」


念を押すように聞いた。


「うん。」


誰でも良かった。


ただ、ギュッと抱きしめてくれる強い腕が欲しかった。


「やっぱりダメだ。


悪いが俺にはできない。


だってそうだろ、今、麻衣を抱いてしまったら、あの頃の俺たちの関係を汚してしまう。」


「ごめん、慎二、あなたを傷つけてしまったね。


会えて嬉しかったよ。


だけどもう連絡してこないで。


慎二に甘えてしまいそうになる。


私は、一人で生きて行くって決めたんだから。」


「俺でイイなら寄りかかってもイいい。


でも麻衣が求めてるのは俺の腕じゃない。


アイツなんだよ、悔しいけど。


素直になれよ。」


「そんなこと言ったて、もう決めたんだから。」


「一人一人ってそんなに頑なになるなよ。」


慎二は自分がどうしょうもないお人よしに思えて笑ってしまった。


麻衣のことが忘れられなくて、麻衣より愛しいと思える人に出会えなくて、今までずっと一人なのに・・。


麻衣のことは、とっくに諦めていた。


自分の考えをちゃんと持っている彼女がいつも眩しかった。


一人で輝く力を持っているのだ。


アイツと出会って一層輝きを増した。


そのことが慎二を納得させた、諦めさせた。


自分ではダメなのだと。


それがわかっていたから、こんなにボロボロになっている麻衣を抱きしめてやることができなかった。


これでいいんだ。


「慎二、ありがとう。


いつも助けてくれたよね。


私が迷っていた時に。


小説に偉そうなこと書いてるくせに、本当の私って、こんなにつまらない人間でガッカリだね。」


「麻衣はいつでも自分の道を選んで進んできた。


信じてるから。


オマエはきっと一人で決められるって。」


いつも一人で生きてきた。


誰かを頼りにしてラクにその時を過ごしたことは無かった。


尚が隣にいた、二人並んで歩いてきた。

「あの時、あんな風に別れたことを悔やんでいた。


でも、彼を好きになって思ったの。


慎二といる時の私はいつも少し無理をしていた。


イイ女だと思われたくて頑張っていた。


それって長続きしないんだよね。


彼と出会って私はそのままの私でいることができた。


慎二があの子を選んだことも、私が一人になることを選んだことも間違ってなかったんだと思う。


私を選ばなくて正解だったのよ。」


「だけど麻衣、オマエ、今はどうなんだ?


幸せなのか?


あれから俺は随分といろんなことを考えた。


俺の何が足りなくて、麻衣はあんなにあっさりと俺に背を向けて歩き出してしまったのか。


迷いみたいなのが少しも感じられなかった。


あの時の麻衣の背中に・・。


俺ともう一度始めてみないか?


・・・・冗談だよ。」


慎二はすぐに取り消した。


こういう言葉を麻衣が一番嫌っていたことを思い出したのだ。


それなのに麻衣は、


「冗談か・・。


そんなこと言わないでよ。」


尚を思っていても、今、お互いの心は遠く離れてしまっている。


自分を思ってくれる人と向かい合って生きるる道もあるのではないかと、なんとなく思い始めていた。


・・でも、やっぱり慎二とはこの先もこれ以上の付き合いはないと思った。


慎二は・・、今なら友人としてではなく男として自分をもう一度受け入れてくれるかもしれないと小さな期待もしていた。


「麻衣、作家ってのはどんなもんなんだ?


俺は会社の女の子たちに知り合いだと自慢してるんだぞ。


本の宣伝もしてるしな。


オマエの書く話には、誰もが味わったことのある切なさがいつも何処かで感じられるって・・。


あの頃、学生の頃、そんな気持ちで俺と付き合っていたのかって考えたことがある。


あんな風な付き合いを望んでいたのかって・・。


ごめんな、気づいてやれなくて・・。」


「何言ってるのよ、そんなんじゃないって。


確かに場面によってはあの頃を思い浮かべていたこともある。


でも全部がそうだったわけじゃないよ。


楽しかったよね。


あの頃に戻りたい。」


麻衣の心の中が慎二にはぼんやりと見えた。


同じ思い出を持つ友として、今の彼女の支えになりたいと思った。


それはどう見ても麻衣が可哀そうでならなかったから。


「なあ、大学行ってみないか?」


「えっ、どうして?」


「あの頃に戻るんだよ。


さっき戻りたいって言っただろ。


だから戻るんだよ。」


「嫌だよ。


もうあの場所は私の居場所じゃない。」


「じゃあ、どうしたい?


何がしたい?


俺、今の麻衣にガッカリしてる。


俺の好きだったあの麻衣が、こんな風でいるなんて。


声をかけた時はちょっとだけもう一度俺と・・って気持ちがあった。


彼氏とは上手くいってないみたいだし、この分なら俺に勝ち目があるかもってな。


人の弱みに付け込んで手にしたことを、ニセモノだとか、卑怯だとか言うヤツもいるだろう、でも俺は気にしない。


順番なんてどうだっていい。


相手を思っている気持が本当だったらそれで十分、そう考えている人間だから。


でも今の麻衣は俺の知ってる麻衣じゃない。


『あの頃は』って言うのもうやめないか?


思い出の中じゃ、俺たちは前に進めない。」


「そうだよね。


こんなこと言ってくれる人、慎二しかいない。」


「ごめん、俺の方から誘っといて悪いんだけど、五時に人と会う約束があるんだ。


もう行かないと・・。


また会えるかな?」


「もちろん。」


「じゃあ、携帯貸して。


俺の番号入れとくから・・。


ゴメンな、本当に。」


慎二は急いで店を出た。


慎二の言葉が麻衣の心に強く響いていた。


「あの頃は』つい口癖のようになっていた。


自分が楽しかった場所を思い描いてその時間の中に逃げ込んでいた。


尚と別れることも、書くという仕事を続けるということも、正面から向かい合わなければ。


強くならなきゃ。


半分は自分でも受け入れている。


でも、残りの半分が行き場所を探している。


取り掛からないといけないことが 山積みになったまま


何も手に付かない


大きく息を吸い込み ゆっくりと吐き出してみる


やっぱりその先に ため息一つ


こんな日は 何もしないことにしたんだ


そう思うのだけど 


もう片方で 焦っている心がある


だって・・


今日だけじゃないんだから・・


昨日もそうだった


その前もそうだった


今週始まってからずっとそうなんだから・・


それでもやっぱり こんな日は 何もしないでいていいの?


明日が今日と同じだったらどうする?