「あの時、あんな風に別れたことを悔やんでいた。
でも、彼を好きになって思ったの。
慎二といる時の私はいつも少し無理をしていた。
イイ女だと思われたくて頑張っていた。
それって長続きしないんだよね。
彼と出会って私はそのままの私でいることができた。
慎二があの子を選んだことも、私が一人になることを選んだことも間違ってなかったんだと思う。
私を選ばなくて正解だったのよ。」
「だけど麻衣、オマエ、今はどうなんだ?
幸せなのか?
あれから俺は随分といろんなことを考えた。
俺の何が足りなくて、麻衣はあんなにあっさりと俺に背を向けて歩き出してしまったのか。
迷いみたいなのが少しも感じられなかった。
あの時の麻衣の背中に・・。
俺ともう一度始めてみないか?
・・・・冗談だよ。」
慎二はすぐに取り消した。
こういう言葉を麻衣が一番嫌っていたことを思い出したのだ。
それなのに麻衣は、
「冗談か・・。
そんなこと言わないでよ。」
尚を思っていても、今、お互いの心は遠く離れてしまっている。
自分を思ってくれる人と向かい合って生きるる道もあるのではないかと、なんとなく思い始めていた。
・・でも、やっぱり慎二とはこの先もこれ以上の付き合いはないと思った。
慎二は・・、今なら友人としてではなく男として自分をもう一度受け入れてくれるかもしれないと小さな期待もしていた。
「麻衣、作家ってのはどんなもんなんだ?
俺は会社の女の子たちに知り合いだと自慢してるんだぞ。
本の宣伝もしてるしな。
オマエの書く話には、誰もが味わったことのある切なさがいつも何処かで感じられるって・・。
あの頃、学生の頃、そんな気持ちで俺と付き合っていたのかって考えたことがある。
あんな風な付き合いを望んでいたのかって・・。
ごめんな、気づいてやれなくて・・。」
「何言ってるのよ、そんなんじゃないって。
確かに場面によってはあの頃を思い浮かべていたこともある。
でも全部がそうだったわけじゃないよ。
楽しかったよね。
あの頃に戻りたい。」
麻衣の心の中が慎二にはぼんやりと見えた。
同じ思い出を持つ友として、今の彼女の支えになりたいと思った。
それはどう見ても麻衣が可哀そうでならなかったから。
「なあ、大学行ってみないか?」
「えっ、どうして?」
「あの頃に戻るんだよ。
さっき戻りたいって言っただろ。
だから戻るんだよ。」
「嫌だよ。
もうあの場所は私の居場所じゃない。」
「じゃあ、どうしたい?
何がしたい?
俺、今の麻衣にガッカリしてる。
俺の好きだったあの麻衣が、こんな風でいるなんて。
声をかけた時はちょっとだけもう一度俺と・・って気持ちがあった。
彼氏とは上手くいってないみたいだし、この分なら俺に勝ち目があるかもってな。
人の弱みに付け込んで手にしたことを、ニセモノだとか、卑怯だとか言うヤツもいるだろう、でも俺は気にしない。
順番なんてどうだっていい。
相手を思っている気持が本当だったらそれで十分、そう考えている人間だから。
でも今の麻衣は俺の知ってる麻衣じゃない。
『あの頃は』って言うのもうやめないか?
思い出の中じゃ、俺たちは前に進めない。」
「そうだよね。
こんなこと言ってくれる人、慎二しかいない。」
「ごめん、俺の方から誘っといて悪いんだけど、五時に人と会う約束があるんだ。
もう行かないと・・。
また会えるかな?」
「もちろん。」
「じゃあ、携帯貸して。
俺の番号入れとくから・・。
ゴメンな、本当に。」
慎二は急いで店を出た。
慎二の言葉が麻衣の心に強く響いていた。
「あの頃は』つい口癖のようになっていた。
自分が楽しかった場所を思い描いてその時間の中に逃げ込んでいた。
尚と別れることも、書くという仕事を続けるということも、正面から向かい合わなければ。
強くならなきゃ。
半分は自分でも受け入れている。
でも、残りの半分が行き場所を探している。