「なあ、文化祭でバンドの演奏やってみたいって話してるんだけど、どう思う?」
「俺?
俺が歌うってこと??
イイのか俺で・・。」
「もちろん。
ずっと待っていたんだ。
優斗が戻ってくるのを。」
春休みに将太に誘われて何となく行ったミスチルのコンサート。
苦労してチケットを取ったのに一緒に行く予定の友達が急に行かれなくなって、優斗を誘ったのだ。
将太の苦労を知らない優斗。
このチケットのありがたみを全く知らない優斗。
ばあちゃんがちょうど小遣いをくれたから金あるし・・そんなことを言う優斗。
そんな優斗だったが、ライブに参加して大きく思いは揺さぶられ変化した。
一生懸命に走り歌う桜井の姿。
しっとり聴かす桜井の声。
会場の全体のあの一体感。
身体に伝わる振動。
その一つ一つが初めてのモノだった。
サッカーをやっていたから他のことにはそう大きな興味を持つことも無かったのだ。
スポーツ観戦の時のあの興奮と似ていた。
敵も味方もない世界で一人一人の笑顔を見た時、優斗の中の何かが動き始めた。
「俺は、優斗の後ろでドラムを叩けることが何より嬉しい。
オマエはいろんなモノを持ってるよな。
俺なんて何も無いのに・・。」
「そうは思わない。
将太は、普段の格好に問題があると思うよ。
俺たちと一緒の時は、ものすごく面白いヤツなのに、他ではそんな顔を絶対見せない。
いつもイヤホンしてて話しかけるな!とでも言っているようだ。
人を寄せ付けないように自分でしてるとしか考えられない。」
そんなつもりは無いのだけど・・将太はそう思った。
「ミスチルのコピーバンドってことでどうだ?」
「ちょっと、ハードル高くないか?
ファンから石投げられなきゃいいけどな~心配だ。」
「大丈夫だよ。
そのつもりで聞いてくれるさ。
優斗の感覚を信じるよ。
それと、オリジナル曲を何曲か入れたいと思うんだけど・・。」
「へ~、そんなのあるのか。
頑張るよ。
今の俺には何も無いからな。」
「優斗、それは違うぞ。
オマエは何もかもを失くしたんじゃない。
オマエが全てを手放したんだ。
忘れずにちゃんと覚えとけ。」
大勢の穂との前で歌を歌うことなど考えたことも無かった。
広いグランドをただボールを追いかけて走っていた。
背中に感じる大きな声援をも自分のエネルギーに換えて精一杯走った。
ほんの少し前までの自分が見え隠れする。
新しいことに向かうと決めたのだ。
もう振り返らないと誓ったのだ。
あの日、薄っすらと浮かんで見えた奈緒の涙に・・。
「着いたぞ。
ここだ。」
仲間二人は既に着ていて将太たちの到着を待っていた。
「今日から、よろしくお願いします。」
優斗が丁寧に頭を下げる。
「期待してるからな。
優斗に呆れられないように俺たちも頑張るよ。
文化祭までノンストップで行くぞ。」