朝、六時半に電話の着信音。


相手はリュウ。


「おはよう。


リュウ、昨日はありがとう。」


「おはよう、奈緒。


ちゃんと眠れた?」


「・・・。」


返事が無い。


「眠れてないんじゃないかと思ってたんだ。


でも、これ以上早くはどうかと、ずっと迷っていたんだ。


出掛ける準備も出来てるんだろ?


すぐに迎えに行くから待ってて。」


まるで奈緒が見えているかのように・・。


「うん。」


リュウの声を聞くと落ち着く。


それは、あの声の低さだったり、ゆっくりと話す口調だったり。


電話を切ってしばらくして奈緒は外に出た。


リュウの紺色の車が来るのが見えた。


「おはよう。


奈緒、さあ乗って。」


優しい声のリュウ。


「リュウも、もしかして眠れてないんじゃないの?」


「俺は大丈夫。


少し眠ったから。


さあ、どこへ行く?


今日は時間がたっぷりあるから・・まず家に帰って朝飯だな。


奈緒は少し休むといい。」


奈緒はいつも思っていた。


リュウはいつもそう。


奈緒のことを一番に考えていてくれて、それを自然に振る舞う。


こんな優しい人、他にいない。


「俺は向こうにいるから少し休め。


朝食の準備が出来たら呼びに来るから。」


「リュウ、いつもそう言って行っちゃうのね。


その度、私はいつも不安になる。


いつかいなくなるんじゃないかって・・。」


「一緒に寝転んだら、朝飯がいつもでたっても出来上がらない。


それに・・多分、奈緒を眠らせたくなくなりそうだから、行くよ。」


「リュウ・・。」


「わかったよ。


奈緒が眠るまで傍にいるよ。」


リュウの温もりをいつも感じていたい。


そう思いながら目を閉じるとすぐに眠りに落ちる。


どれくらい眠っただろうか、耳元で甘いささやきが聞こえる。


くちびるに柔らかい感触。


ゆっくりと目を開けるとそこにはリュウがいる。


「準備出来たよ。


さっさと食べて出かけよう。


今日はとてもいい天気になりそうだ。」


マンションの駐車場から二人が出てくるところを優斗は偶然見かけた。


昨日、ここに泊まったってことか?


耳の後ろのアレ、見間違いじゃなかったんだ・・。


頭の中は奈緒のことでいっぱいになった。


そんな気持ちで行ったバンドの練習は最悪で、将太たちに謝って途中で抜けた。


どこに行くというあてもなく、歩き続けて行きついたのは学校。


グランドを見渡せるスタンドの一番上あたり・・。


二人が別れた場所。


目を閉じるとあの日の光景が今でもはっきりと浮かんでくる。


奈緒を傷つけてでも、俺は自分を守った。


いつも近くにいた奈緒、そのことの重要さを知らなかった。


自分じゃない他の誰かの隣で笑う奈緒の姿。


それをただ見つめることしかできない自分の姿。


どちらも想像したことはなかった。


考えてみる。


今の自分は奈緒ともう一度・・そう思っているのだろうか。


あの人から取戻したいと思っているのか。

「奈緒、これからどうする?


私の家に来る?」


「今日はもう帰ろうかな~。」


「奈緒!」


声のする方を向くとそこには見慣れた車。


「リュウ、どうしたの?


あれ?


大介さんも一緒ですか?」


「映画は?」


「他の用が出来て今度にしました。」


「じゃあ、これから時間あるんでしょ?


一緒にメシでも行こうよ。」


大介が誘う。


奈緒が少し元気がなさそうだとリュウは思った。


「せっかく偶然会ったんだ。


それぞれで過ごそう。


予定してなかったデートもたまにはいいんじゃないか?」


「それもそうだな。


陽子、俺の家に来いよ。」


「うん。」


「じゃあ、送るよ。


陽子ちゃんも乗りなよ。」


「いや、途中、買い物して帰るからここでいい。」


そう言って大介は車を降り、奈緒が乗る。


「じゃあ、奈緒、月曜日にね。」


「うん。」




「奈緒、ぼんやりしてるけど、調子悪いなら家まで送るけど。」


「大丈夫です。」


「学校で何かあった?」


「いえ、何も・・。


でも、ごめんなさい。


今日は帰ります。


風に当たりながら歩いて帰ります。」


「じゃあ、気を付けて帰れよ。」


リュウは家まで送るつもりだったが『何も・・』と言う奈緒にそれ以上は聞くことができなかった。


奈緒は、ぼんやりしたまま家に向かって歩いていた。


家の近くの公園まで四十分位歩いただろうか。


バスに乗ることもせず、ただ歩いた。


夕日は沈み少し薄暗くなっている。


そう言えば元気な声が聞こえていたのにいつの間にかそれも聞こえなくなっていた。


ブランコに座ってゆっくり揺られてみる。


あ・・・。


ため息が漏れる。


どうしてだろう、涙がポロポロこぼれ落ちる。


どうして泣いてるんだろう。


携帯の着信音。


相手は将太。


「もしもし将太、どうしたの?」


「おれ、優斗。


なんで俺の電話繋がらないんだ?


仕方ないから将太の借りたよ。


今、一人?」


「うん。」


「家にいるの?」


「もうすぐ着く。」


「さっきはゴメン。」


「何のこと?


キスのこと?


カギのこと?


どうして今ごろになって・・津田君、ひどいよ。


どこまで私を苦しめるの?


私があなたに何かした?」


「・・ちょっと奈緒、泣いてるのか?」


「泣いてなんかないよ。」


そう言って電話を切った。


一人ブランコに揺られながら泣いた。


すぐ近くに大きな道路があって車が絶えず行き来しているので、泣き声は消してくれる。


奈緒の様子がずっと気になっていたリュウは、家まで行ってみた。


誰も出ない。


リュウは必死に奈緒を探した。


一人で帰すんじゃなかった、そればかり思う。


ふと公園に目をやるとブランコに揺られている奈緒がいた。


「奈緒、大丈夫?」


顔を上げると息を切らして苦しそうなリュウがいた。


その胸に抱きついて顔をうずめた。


そんな奈緒を優しく抱きしめる。


しばらくしてやっと泣くのを止めた奈緒に静かに言う。


「今夜はもう帰って早く休みなよ。


明日、朝早く迎えに来るから・・。


そんなにいつも外泊するわけにいかないだろ。


ねっ、そうしよう。」


そして、さっき奈緒を怒らせて電話を切られた優斗はそんな二人を木の影から見つめていた。


もし、俺がもう少し早くここに来ていたら、奈緒は俺に心を預けてくれただろうか。

e+で落選


ぴあで落選


そしてローソンでやっと当選


これでGLAYのライブに行けます。


今年最初のライブが決まりました。


何着て行こうかとか・・そういうこと全部ひっくるめて楽しいです。




私のようなファンは、ライブの日程が発表になった時から、楽しみがだんだん大きくなっていきます。


今回みたいに落選が続くと、気持ちの何処かに今回はダメかもしれない・・って気持ちが生まれたりしながらも抽選にエントリーし続けます。


これで参加できると決まったら、今度は何を着て行こうかとか、そんなことを考えて・・。


ワクワク・ドキドキ・・しながら当日を待ちます。


そんな気持ち、わかってくれてるのかな~?




(このカギ受け取っちゃダメだったのに・・どうしよう。)


「奈緒、ゴメン、お待たせ。


あれっ?


それ何?」


陽子は机の上のキーホルダーを見て言った。


「さっき、津田君と話してて、忘れて行っちゃったの。」


「取りに来るように言ったら?」


「あたし、連絡先消しちゃったから・・・。」


「じゃあ、私が連絡してあげる。」


「うん。」


「ダメだわっ。


優斗、電源切ってるみたい。


どうせ将太たちと一緒よね。


将太にかけてみる。」


「うん。」


「将太ったらスタジオに持ってきてやってくれって、図々しいこと言うよね。


でも、カギないと困るだろうし、持って行くって言っちゃった。」


「うん。」


どうしても観たい映画があったから陽子と二人で行く約束をしていた。


「奈緒、映画この次でもいい?


もしかしたら、間に合わないかもしれない。」


「うん。」


「奈緒、話しちゃんと聞いてる?


『うん』しか言ってないよ。


もしかして、優斗と何かあった?」


「何も・・。


少し話しただけ。」


「優斗、何か言ってた?」


「何かってどんなこと?」


「言ってないならいいんだ。」


陽子は二人の間に何かがあったことを感じ取っていた。


もしかしたら、カギもわざとかもしれないとも思った。


映画の予定をなしにしたら、急にゆったりとした気分になった。


「奈緒、アイスクリーム食べて行こうよ。」


「いいけど、陽子は今ダイエット中じゃなかった?」


「夜ご飯、減らすから、入ろう!」


陽子にはダイエットなんて必要ない。


自分の身体のどこが気に入らないのか・・。


もしその体が自分のモノだったら大抵の人は二重丸をつけるだろうに。


アイスクリームを食べて店を出る。


真っすぐ歩いて三つ目の信号を渡るとそこにスタジオがある。


地下に向かって階段を下りるとそこにスタジオの入り口がある。


ドアをノックすると将太が出てきた。


「サンキュー。


せっかくだから聞いていってくれ。」


強引にスタジオに引っ張られる。


「優斗、カギ届けに来てくれたぞ。


お前は本当にマヌケだな。


家に誰もいないような日にカギを忘れてくるなんて・・。」


驚いた優斗はただ笑うしかなかった。


「サンキュー、助かったよ。」


将太の言葉と優斗の苦笑いを見逃すはずがない陽子。


優斗をじっと見た。


当然、その鋭い視線に気づかないわけもなく、思わず下を向いた。


「時間がもったいないから、もう一度最初から。」


さっきまでの顔が消えて別の顔になる。


教室で聴いたあの曲。


さっそく、あのメロディーの詩を変えて歌っている。


歌い終わると満足した顔をしてメンバーに笑いかける。


「優斗、あそこの『バイバイ』っていいな。


そっちの方が合ってる。


それでいこう。」


和彦がそう言った。


「ああ。」


ずっと気になっていた部分だった。


言葉を変えただけで感情が自然と入る。


チラッと奈緒の方を見て気づかれないように笑顔を送った。


「じゃあ、頑張って。


私たちは帰るから。」

「奈緒、一人で何してる?」


「陽子を待ってるの。


津田君は?」


「将太たちの英語の補習が終わるのを待ってるんだ。」


「津田君は呼ばれなかったの?


何かの間違いなんじゃないの?」


「その意味ありそうな笑いは何だ?


まあ、ギリギリセーフだったんだ。」


「バンドは?


楽しくやってるの?」


「ああ、文化祭まであと少しだから、今日もスタジオで練習する。


こんな大事な時に補習出てる場合じゃないのにな。


あっ、ちょっとこれ聴いてみて。」


そう言って優斗は制服のポケットの中からi Podを机の上に出した。


ヘッドフォンの片側を奈緒に渡す。


それを左側の耳に。


優斗の声。


(こんな声で歌うのか~。)


今更、思ったりする。


「今度はこれを見ながらもう一度聴いてみて。


特にここの部分に気を付けて。


どうも、そこのところがしっくりこないんだよな。


じゃあ、いくよ。」


そう言ってもう一度再生を押す。


優斗の真剣さが奈緒に伝わる。


何度も何度も聴き直す。


奈緒の左耳と、優斗の右耳。


「ここの言葉を変えてみたらどうかな?


例えば・・『サヨナラ』じゃなくて・・『バイバイ』とか。」


「もう一回。」


奈緒も何度も聴くうちに覚えてくる。


目を閉じて聴くと見えない世界が、そこに存在しているような錯覚を起こす。


その時、優斗のくちびるが、奈緒のくちびるにそっと・・触れた。


一瞬、何が起こったかわからない奈緒が次の瞬間驚いて立ち上がる。


「優斗、何するのよ。」


あまりにも突然の思いがけない優斗のキス。


「ゴメン。


俺・・。


奈緒と別れてから、軽くなるはずの心は一日一日重くなった。


前にも言ったよな、奈緒は俺の中で『完璧な女』だって。


勝手なことを言ってるのは自分でもわかってるんだ。


でも、あんな風に別れても奈緒は待っててくれるって心の底で思ってた。


なあ、本当にあの人のことが好きなのか?」


「好きよ。


津田君を忘れるために付き合った人よ。


あの時、どうして『待ってて』って一言、言ってくれなかったの?


そう言ってくれたら、どれだけ気持ちがラクだったかわからない。


私が心の中でそっと思い続けることもダメだと言われそうだったから・・。」


黙ったまま奈緒の顔をじっと見つめて小さな声で言った。


「俺よりも?」


困った時の奈緒の癖。


手で髪をとく仕草。


その時、耳の後ろあたりに赤いモノが見えた。


「奈緒、オマエ・・。


俺たち、友達から時間をかけてやっとお互いの気持ちを伝えあって、やっと付き合い始めることになったジャン。


それから、俺が別れたいといったあの日、俺が繋いでいた手を離した。


将太にも陽子にも言われてるし、それはわかってるんだ。


わかってるけど、どうにもならない気持ちってのもあるんだ。」


廊下が急に騒がしくなる。


人の声と足音が近づいてくる。。


「優斗、待たせたな。


行こうぜ。」


「おう。


優斗、行こう。」


「ああ、すぐに追いかける。


先に行っててくれ。」


「奈緒に何の話だ?」


将太が不機嫌そうに言う。


「いいから、先に行ってようぜ。」


そう言って和彦が将太の腕を引く。


「奈緒、これ俺の家のカギ。


預けておくから俺の部屋で待ってて。


ちゃんと話したいんだ。


親は二人で旅行だから、そのカギがないと俺は家に入れない。


奈緒、必ず来て。


頼んだよ。」