街路樹が全ての葉を落とし、やがて訪れる春を待ちながら厳しい寒さに耐えている。


雅哉は美佳の住むマンションに向かって車を走らせた。


これから行くから・・そうメールした。


それからそう時間が経たないうちに美佳の部屋に来ていた。


「おはよう。


今日は頼みがあるんだ。」


「いきなりそんなことを言われても・・。」


「美佳を描かせてくれないか。」


「えっ?」


「俺、学生の頃は絵を描いていたんだ。


美大の受験に失敗して夢は捨てた。


もう二度と描けないと思っていた。


でも、不思議なんだ、今朝目が覚めると気持ちは決まっていて、スケッチブックと鉛筆を買いに行く自分がいた。」


そう言って買ってきたばかりの紙袋を見せて照れくさそうに笑った。


美佳は少し驚いた。


絵を描く人を選んで好きになっているわけじゃないのに・・そう思うと同時にチクリ・・と小さな痛みを感じた。


「海にでも行かないか?


ホテルを取ってゆっくりしよう。


たまにはいいじゃん。」


子どものように嬉しそうな雅哉の顔。


「寒いのに、海なの?」


「海、好きだろ?


俺、知ってるんだ、海へ行くと美佳は心を休めることが出来るって。」


雅哉がふと見せる深い優しさ。


普段はふざけてばかりの彼。


この人のことを、どれだけ知っているのだろうか。


深く知ろうとしない自分が見えた。


「美佳、まだ??」


「もうちょっと待って!」


「もうずいぶん待ってる。


どれだけ長い旅をする気なんだよ~。」


美佳は大きな荷物を持って部屋から出てきた。


「お待たせ。」


「さあ、行こう。」


車を走らせて目的地へと向かう。

雅哉と美佳、二人の間にある一定のキョリ。


それが自分が自分でいるために必要なのだと美佳は言う。


あの時から強く意識して自分を変えてきた。


直樹と別れたあの時から。




彼の全部が欲しかったし、自分の全部をわかっていて欲しかった。


学生時代を一緒に過ごしてきた二人にとって、社会に出てからのお互いの生活の変化にとまどっていた。


時間はすれ違い休みは重ならない。


眠る時間をどうにか確保して次の日を迎える。


眠っているのかと思うと電話をかけることもためらった。


それでも、どうにか同じ道を歩もうと努力していた。


だけど・・。


「美佳、子どもみたいなことを言わないでくれ。


オマエのことは好きだし、別れることを考えているわけじゃない。


だけど、学生の頃みたいではいられないよ。


それくらいのこと、言わなくたってわかるだろ。」


「ねえ、私といると疲れる?」


「ああ、正直そんな時もある。


美佳と一緒にいると愛しくて抱きしめてやりたいという気持ちを俺はいつも持っていた。


それは、ケンカした時も。


だけど、ゴメン、今はそう思えないことが多くなった。


『夢』ってモノにそんなに拘ったからって、何年か経ってやってる仕事って、何となくこうなった・・ってことの方が多いんじゃないの?実際のところ。


恋愛と仕事は別だと言うけど、今の俺はそんな余裕も無いし自信も無い。」


「わかった。


直樹、私たち、別れよう。」


美佳はそう言った。


直樹はそれを黙って受け入れた。


今日の話の流れでそうなったのではないことを美佳は知っている。


いつも心の中にあったことだった。


直樹が好きだという思いで誤魔化していたことだった。

雅哉と付き合い始めて、もう三年になる。


美佳は大手食品メーカーに勤務している。


早いもので、五年が過ぎ最近では後輩の指導係などという役目が加わった。


気にしないようにしていても二十七歳という年齢を感じさせられることが何かと多くなった。


去年は友人の結婚式が六件もあった。


教会での挙式・華やかな披露宴やパーティーに出席し、幸せそうな二人の姿を見て温かい気持ちになる。


両親は『結婚』をひつこいくらい連呼し、今では相手まで見つけてきては見合いをするようにとしきりに電話をかけてくる。


だけど、美佳の中に結婚を望む気持ちは無い。


雅哉という彼がいて、二人で過ごす時間に満足していたから。


未来というモノにそれほど拘っていないのだ。


今を特別大事にしているというわけでもないのだが・・。


英会話教室に通い、週に二度プールで泳いで帰宅する。


長い休みが取れた時には旅行。


こんな自由な毎日が心地よくて、それを手放してまで身を固めるきなどどこにもなかった。

全部夢だったのだろうか。


直樹とここで言葉を交わしたことも、あ二人に会ったことも・・。


真冬にしては少しだけ暖かい一日だった。


それでも海岸は冷たい風が自由に駆け回っていて、身体の隅々が凍えそうだった。


でも、海は好きだった。


あの頃も・・。


今も・・。


そしてこれからも・・。

自分が生まれ育った場所


心の奥にいつも大事にかかえている


ふるさと・・



私はそういう感情を持たないようだ


生まれ育った場所に愛着もないし 特に大事に思っているわけでもない


こんなの ちょっとおかしい??




結局・・


どこででも生きられるし


どこででも生きられない