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元介護職員のかなちんです。
 

還暦を過ぎても、毎日が新鮮です♪
 

介護のこと、顔面神経麻痺のこと、
家族のこと。
そして、日々の暮らしの中で感じたことや、
ちょっとした出来事まで。
 

介護を卒業しても、病気が落ち着いても、
人生はまだまだ続く。
 

晴れの日も、くもりの日もある、
そんな私の日常を綴っています。



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年長の孫が、クラスメイトから
結婚を申し込まれたそうです‼


今どきの保育園児は、
おませさんというか、

 

好き=結婚♡


ストレートすぎる(笑)

 

 

そんな孫から、
 

「ばばちゃんは、どうしてじじと結婚したの?」


と聞かれました‼

 

結婚しようと思ったときのことを、
覚えていますか?


 

私は、無理に背伸びをしなくてもいいというか、

一緒にいて楽な人だと思えたからです♡


 

結婚するときは、
ふたりの明るい未来を
想像しているものですよね。

 

でも、一緒に暮らすうちに、
少しずつ何かがズレてくることもある。
 

夫婦の間には、
当事者にしかわからないこともありますよね。

 

image

 

私の母は、40代前半。

 

私が20歳になるタイミングで、
父と離婚しました。

 

弟は高校3年生でした。

 

夫婦の間には、
いろいろあったようですが、

 

私にとって、
父も母も大好きな存在でした。

 

だから、

「両親が離婚する」

という現実を、


20歳になったばかりの私は
なかなか受け止めることができませんでした。

 

きっと幼かったんですね…

 

弟がまだ学生だったこともあり、
母は名字を変えないようにと配慮してくれて、
新設の○○家になることに。

 

名字は父と同じ。

でも、戸籍上はまったく別の家です。

 

母の人生を考えれば、
旧姓に戻るのが自然だったのかもしれません。

 

私たちは、
一時的に名字が変わるだけ。

 

それでも母は、

「あなたたちの戸籍を汚したくない」

そう考えたようです。

 

住み慣れた家を手放し、
母の職場に近いところへ引っ越しました。

 

こうして、
母と弟と私の3人暮らしが始まりました。

 

 

約18年間の同居で、
祖母との折り合いが悪かった母。

 

そこから解放されたことは、
母にとってよかったのかもしれません。

 

 

当時の私は、

 

「両親が離婚する!」

 

という事実を受け止めることで精いっぱい。
 

私と弟を思ってのことだと

わかっていても、
 

母がどんな気持ちで
いろいろな選択をしたのか、
そこまで考える余裕はありませんでした。

 

今になって思えば、

母なりの事情や、
思いがあったと思います。

 

 

あれから40年。

 

私も夫と、

長い年月を過ごしてきました。


あの頃の母のことを、
娘としてではなく、

同じ女性として考えることがあります。
 

 

夫婦って、
長く一緒に暮らしていても、
分かり合えないこともあれば、
気持ちが変わることもあります。

 

その「ズレ」は、
夫婦にしかわからないのかもしれません。

 


私たち夫婦にも、
小さなケンカはあります。
 

夫は、素直⁈なので、
思ったことを口にして、
言いたいことを言ってスッキリするタイプ。
 

切り替えが早いというか、
ずっと引きずる感じはありません(^^;
 

私は、言葉の端々から、
一瞬でいろんなことを考えてしまい、
その場では受け止めてしまうタイプです。
 

お互いに言い分はあるし、
考え方も違う。


「この人とは、わかり合えないかも」

と、思ってしまうこともあります。

 

一緒にいると楽だと思ったはずなのにね(-_-;)


 

そんな私も、一度だけ、
「離婚」の二文字が頭をかすめ、
家出をしたことがあります。

 

 

朝はいつも通り。
でも、帰ってきたら私がいない(笑)

 

しかも、どこへ行ったのかもわからない。

 

夫は、いつものことだと思っていたようですが、

 

さすがに、

怒らせたら怖いと思ったのか、


それ以来、

少しだけ言葉を選ぶようになりました(笑)

 

 

夫婦って、
同じ出来事でも、
受け止め方や感じ方は違います。
 

そんな小さなズレの積み重ねが、
やがて大きなズレになることも。
 

一緒にいることを選ぶのか、
別々の道を選ぶのか。
 

それは、その夫婦にしか
わからないことなのでしょうね。


 

私自身、ここ数年、

傾聴を学んだり、

 西洋占星術を通して

家族それぞれの気質を知ったりする中で、

 

「家族だからといって、
みんな同じではないんだな」

 

と思うようになりました。

 

 

同じ家で暮らしていても、
大切にすることも、
物事の受け止め方も、
気持ちの表し方も違う。

 

わかり合うことも大切だけど、
 

「この人は、こう感じる人なんだ」
 

と、相手との違いを知ること。

 

そして、相手の言葉に
ちょっと引っかかったら、

 

「私はこうしてもらえて嬉しかった」

 

「私はこう感じたから悲しかった」

 

と、

 

自分を主語にして気持ちを伝えること。

 

こうすると、

 

相手を否定することなく、
自分の気持ちを伝えられるそうです。

 

そんなことを、
少しずつ意識するようになりました。

 

相手を変えるのは大変なので、
まずは自分から。

 

そんな気持ちで実践しています。

 

 

しかーし、

 

言うのは簡単ですが、
実際にはなかなか難しく、

 

私自身も、まだまだ修行中なんです(笑)

 

 

20歳だった私は、

「両親が離婚した」


という事実しか見ていませんでした。
 

 

その後、母は再婚しました。
 

「シェアハウスで暮らすようなもの」

 

そんなふうに言っていたけど、
継父とは40年連れ添いました。
 

 

母は、再婚してからも、


「父が一番大好きだった」


と言っていました。

 

父は30年前に、

知らない土地で、

誰にも看取られずに亡くなりました。

弟と私たち夫婦で、

火葬に立ち会うために上京し、

 

そこでしばらくぶりに会った父は、
物言わぬ人でした。

 

 

父が亡くなってから数年後、

 

一度だけ、
母の希望で
父が眠る東京の納骨堂に
一緒に行ったことがあります。

 

そこで泣き崩れる母を見て、
言葉が出ませんでした。


 

 

40年経った今、
 

「あのとき」
 

母は、どんな気持ちだったんだろう。
 

そんなことを、
ふと思うことがあります。

 

その答えは、
もう母に聞くことはできませんけれど…

 

 

 

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