双葉山。
相撲に関心のある人なら誰でも知っているかもしれない。69連勝という、いまだ破られていない大記録を打ち立てた横綱だ。
その連勝記録が、1939年(昭和14年)1月場所4日目の1月15日に途切れた。
この日が近づくと、映像でしか双葉山の相撲を見たこともない自分も、落ち着かなくなる。
破ったのは、入幕2年目の安芸ノ海(出羽海部屋、のちに第37代横綱へ)。この平幕力士の外掛けに敗れた。
連勝途切れるのニュースはたちまち日本中に広がり、大騒ぎになった。
敗れた瞬間、館内は一瞬静寂に包まれ、直後に観客の轟音が鳴り響き、土俵には座布団、さらには灰皿などあらゆるものが投げ込まれたそうだ。
国技館の外にも大群衆が押しかけ、大殊勲を挙げた安芸ノ海は、わずか200㍍先の出羽の海部屋にたどり着けなかったと、新聞が伝えている。
当時、本場所は年2場所制。この間5場所連続で全勝優勝している。
その双葉山が敗れたのだから、国中が騒然となったというのもわかる。
横綱白鵬(現宮城野親方)は60連勝を超えたあたりから、〝双葉山の記録を抜くか〟と大きな関心を集めたが、前頭筆頭の稀勢の里(現二所ノ関親方)に敗れ(2010年九州場所2日目)、連勝は63で途切れた。
63連勝という記録は、年6場所制度のなかで達成してきたもので、年2場所の時代と比べるのは難しい。
それにしても双葉山が3年間、1敗もしなかったというのは、やはりすごいことだ。
敗因について、当時さまざまな角度から論じられた。
双葉山自身の説明によると、敗れた1月場所の前年、日本軍が侵攻していた中国(北支)の巡業に参加。そこでアミーバ赤痢にかかり、帰国して大学病院に入院。療養に努めたものの、体重は124㌔から101㌔まで激減。
1月場所も体力は十分に回復せず、稽古もまことに不十分であったと、振り返っている(『横綱の品格」』。
ひたすら稽古に励みながら打ち立ててきた大記録が、戦争の影響を色濃く受けて断ち切られてしまったわけだ。
ひるがえって2023年の初場所8日目。全勝力士は一人もいなくなり、優勝争いは混とんとしている。
それだけ力量が均衡しているということだが、勝ったり負けたりでは、やはりもの足りない。誰が破るかと、ドキドキするような強い力士を望むのは、無理なことか。
双葉山の連勝が途切れた記念日!に、ふとそんなことを考えてしまった。
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