名古屋場所千秋楽で繰り出した横綱白鵬の相撲が、いまだに論議を呼んでいます。
大関照ノ富士との全勝対決で白鵬は、プロレスのひじうちまがいのかちあげ、さらに張り手を繰り出して攻め続けました。
この取り口にたいして直後から非難の声が上がりました。
これについて最近、朝日新聞の読者欄に、白鵬関はとにかく勝つために全力を尽くしたのだから、張り手やかちあげは構わない、「僕は支持する」という15歳の高校生の声が載りました。
一方、別の新聞の読者欄には、ああいう危険な行為は納得できない、まして横綱じゃないか、禁止すべきだという意見が掲載されました。
自分は張り手やかちあげには〝厳しい見方派〟ですが、以前、モンゴルの相撲事情に詳しい人に「日本人の基準で批判するのはどうか。モンゴルにはモンゴル人の見方、考え方がある。そんなに張り手に目くじらを立てるべきじゃないよ」とたしなめられたことがあります。
その方はモンゴルとの交流が長く、モンゴル相撲事情にも詳しく、出身力士ともひんぱんにつき合っています。
それにたいして自分は、モンゴル出身力士や、日本で開かれるモンゴル相撲の大会を取材したことはあっても、残念ながらモンゴル現地に行ったことはありません。
彼にすれば、〝そういうやつが軽々しくモンゴル力士の相撲を批判するな〟というわけです。
酔っぱらって男性を殴ったとして相撲界を去った元横綱朝青龍(あさしょうりゅう)は、今も国の英雄だそうです。とにかく強ければいい、稼ぐ人が英雄であり、少々羽目を外しても、どうということはない、そういうおおらかな気風がモンゴルにはある、と、彼は説明しました。
モンゴルに一度も足を踏み入れたことはない自分には反論しにくい内容でした。
その話を聞いてから、白鵬がどんなに非難されようが、横綱審議委員会のメンバーが厳しく注文をつけようが、張り手、かちあげをガンガン繰り出す背景が少しわかったような気がしました。
ただ、相撲は、対戦する相手なしでは成り立ちません。その相手から〝やっぱり横綱は強い〟といった敬意ではなく、怨恨しか生まないような手口は、どう考えてもスポーツとは無縁です。日本の相撲よりはるかに長い歴史を持つモンゴル相撲にしても、組み合って始まるもので、張り手、かちあげといっさい無縁です。
張り手批判はやり過ぎ、モンゴルを知らない奴という論は、元横綱鶴竜(かくりゅう)はじめ真っ向勝負でたたかっている多くのモンゴル力士に失礼になると思うのですが、どうでしょうか。
近づく秋場所は、部屋の力士がコロナに感染したというので、白鵬はじめ宮城野部屋の力士が出場するかどうか微妙ですが、この議論は続きそうな気がします。