オリンピックは8日、閉会式を迎えました。コロナ禍の真っ最中の開催に厳しい声が上がり、選手もつらい思いをしたかもしれません。その中でも、数年間に及ぶ努力を何とか実らせたいと全力を尽くす姿に、胸を打たれました。
努力が金メダルなどにつながった選手もいれば、実を結ばなかった選手もいます。6日の男子400㍍リレー決勝に出場した日本チームの選手は、後者でした。
4人全員が100㍍を9秒台で走る力を持ち、金メダルさえ夢ではないと期待もされたトップランナーたち。しかしレースは、1走の選手から2走にバトンが渡らないという、考えられないようなハプニングで、記録なしに終わりました。
各自が全力を挙げて敗れたというならまだしも、日本を代表する三人のランナーが、走る機会もないまま、終えてしまったのです。テレビでリプレーを見るのもつらくなる残酷な結果でした。
でも、今回の失敗は「攻めるレース」に挑んだ結果です。腐ることなどこれっぽちもない。
誰にだって失敗はあります。一流選手も例外ではありません。
大事なことはその失敗から学んでいくこと。それに尽きます。どんなにみっともなかろうと、敗北の経験から学び、これからの長い人生に生かしていけばいいのです。そのほうが、順当に成功した人以上に得るものがあるかもしれない。多くのスポーツ選手を見てきて、そう思います。
それにしても、今夏のオリンピックは、選手第一とは無縁の大会でした。
コロナ禍で世界中の人びとが苦しみ、競技のスタート台にさえ立てなかったり、開催国の私たちと交流の機会さえ持てないオリンピックとは、何だったのでしょうか。
とても競技どころではない酷暑も選手を苦しめました。最終日の男子マラソンでは、世界上位の実績を持つ選手はじめ、エントリーしたうちの3分の1近い選手が途中棄権したのは、その典型です。
にもかかわらず、開催国日本の首相は「五輪でコロナの感染が拡大したとは考えない」「人流は増えていない」などと、事実と全く違う話を持ち出したのには、唖然としました。
そういう意味では、開催国の獲得メダルが多少増えたとしても、手放しでは喜べません。
ゆがんだ大会の強行にメスを入れず、〝日本、また金メダル!〟と大騒ぎし、フラフラになりながらゴールした選手を安易に感動ドラマに仕立て上げるような報道も、厳しく問われた五輪でした。