どこにもない | 読書日記

読書日記

神郡が読んだ本の感想や、諸雑記を書いていくブログ。
知り合いには見せられないなあ。

本を読んだりテレビを見たりしていると、時々「ユートピア」という言葉に出くわす時がある。

大抵は理想郷の意味で使われているこの言葉の、本当の意味を知らずに使っていることの皮肉にざわざわする。

トマス・モアという人の書いた、まさしく『ユートピア』という小説が原典で、これは造語でありその意味は「どこにもない場所」。

ユートピアと見たり聞いたりすると、自動的にそれがどこにもない、どこにもない、と変換されてしまうものだから、我々はユートピアを造り上げ、だとか、まるでユートピアですね、なんて連呼するのはそろそろやめてほしいよ。


伊藤計劃『虐殺器官』『ハーモニー』


亡くなった伊藤計劃の後を、円城塔が書き継いだ『屍者の帝国』で最近話題になった。

元々円城塔が好きだったのでこれも読んだ。面白かった。バーナビー!

でも伊藤計劃が書いたのはプロローグだけだったので、これはほとんど円城塔の小説なんではなかろうかと思い、他の著作を読んでみた。それが上記。ハヤカワSFJコレクション。そもそも円城塔を初めて知ったのもこのシリーズなので、テンションアップ。


『虐殺器官』は、近未来の戦争・紛争の話。

後進国で頻発する民族虐殺の背後には、謎の米国人ジョン・ポールの存在があった。アメリカ情報軍・特殊検索郡i分遣隊のクラヴィス・シェパード大尉は、チェコ、インド、アフリカの殺戮の地に、その影を追うが…(帯より引用)

メタルギアソリッド4みたいだなあ、と。ステルス迷彩、ナノマシン技術、民間の軍事会社の参入、機械と生物の融合兵器などなど。伊藤計劃は他にメタルギアの小説を書いているみたいだから納得。

ストーリーだけ見ればハリウッド的というか、構図は見たことがある感じがした。主人公と、敵と、女性と、最終兵器。落とし所はハリウッド的じゃないけれど。

凄いのは世界観の構築力。SF過ぎるSFは誰でも書けるけど、先進国・後進国での発展途上を書くのは難しいんじゃないだろうか。ここではこういう技術、ここではまだこのくらいの技術と分けるのだから。更に兵器に使われる筋肉繊維を取るために、クジラやイルカの養殖が産業化しているなんていう設定もグロくていい。

そして当事者なのに、どこか一歩引いて見ているような主人公もまたいいなあ。タフな暗殺者なのに一人称が「僕」で、任務で人を殺せるのに自分の母親の延命処置を切り上げたことをずっと気にしている。こう書くとマザコンみたいだな。…森博嗣っぽい? 性格。


『ハーモニー』は、近未来のいわゆるユートピア小説。いわゆるユートピア。

21世紀後半、〈大災禍〉と呼ばれる世界的な混乱を経て、人類は医療経済を核にした福祉厚生社会を実現していた。誰もが互いのことを気遣い、親密に“しなければならない”ユートピア。体内を常時監視する医療分子により病気はほぼ消滅し、人々は健康を第一とする価値観による社会を形成したのだ。そんな優しさと倫理が真綿で首を絞めるような世界に抵抗するため、3人の少女は餓死することを選択する――以下略。主人公は生き残った女性、霧慧トァン。13年後、医療分子を利用したテロリズムに死んだはずの友人・御冷ミァハが関わっていると知り、調査に乗り出す。

平和って何だろう。病気が存在しない世界、誰もが健康な世界、確かにそこは理想郷だと思うし、実現できるとしたら飛びつくだろう。でも平和って確かに退屈でもある。頭痛や腹痛すらない、肥満も痩せ過ぎもない世界なら尚更。

それから逃れようとした時、自殺する、体制を壊すというのはよくあると思う。でも、このテロの目的は完全に調和のとれた、選択の余地のない社会で意識自体をなくすというものだった。

個人が消失した超社会主義社会。それは確かに、ユートピアに他ならないのかもしれない。

ところで、『ハーモニー』は『虐殺器官』の続編にあたる作品だということに途中で気付いた。

『ハーモニー』で語られる大災禍は、『虐殺器官』のラストと繋がっている。同じ世界として見比べてみると、よりリアリティの薄い世界になっている。Google Earthで、建物にカーソルを合わせると情報が吹き出しのようにポップする。それが、全ての人に付いているイメージ。名前や年齢、社会的評価や健康状態を常に浮かべながら生活している人々。

ゲームをする人なら分かりやすいかも。ダンジョンで、マップが常に表示されている。キャラクターを調べると、ステータスが表示される。アイテムが自動でソートされる。そういう世界。

それでも、やはりそういう文明を否定している人々が描かれる。そしてそういう人々が生き生きとして見える。

どちらがいいかと二択を迫られると、恩恵は受けつつ支配はされたくないという中途半端なことを考えてしまう。でも、きっと大半の人が同じことを考えていると思うので、この小説のようなことにはなかなかならないかもしれない。

最後に残された人々と世界は一体どうしたんだろうという疑問は、もう解決されることはないのだけれど。