最近テレビでアニメ映画のCMが放映されていました。
内容・ストーリーの説明がなく、制作陣の名前がなく、ただタイトルが出るのみ。
一度目に見た時は「?」状態でしたが、二度目は少し恐怖を感じました。
映像そのものからする宗教臭のせいかもしれません。宗教と聞くと、まず胡散臭さを感じませんか。
篠田節子『仮想儀礼 上・下』
自分も反射的に宗教、特に新興系には眉をひそめていました。
でも仮想儀礼を読んだ後、眉をひそめつつも、何故宗教が必要なのか分かる様な気がしました。
新興宗教を金儲けのために立ち上げた二人の男の話です。
夢破れ、仕事をなくし、家族にも去られ金もない。そんな二人が、ネット上で人生相談のような宗教を立ち上げます。信者が30人いれば食っていける、500人いればベンツに乗れる。最初の思惑はその程度でした。
しかしその内、救いを求める声が強まっていきます。小さな本部を作り、ご神体は手作り。教義はチベット仏教のいいとこどり、団体名は適当。それでも、居場所がここにしかない人が集まって来る。
何より教祖をしている主人公が信仰心を端から持ち合わせていません。胸中では彼らを見下し、同時に恐れています。だから評判が高まり信者が増えるたび、俺はインチキだ。早く目を覚ませと心の中で叫びます。
やがて企業のパトロンも出来、信者は500人を超します。本部よりも立派な支部も出来、本も出版、テレビにも出演し、地方にも進出。宗教ビジネスが成功したかに見えた矢先、企業が社員に強要した教義に対し暴動が起きます。信者の中の過激な者が小火を起こす事件も重なり、カルトの烙印を押されます。
信者は離れていき、社会的地位は地に堕ちました。脱税の通告をされ、お金もなくなりました。
それでも、救いを求め縋りついてくるわずかな人々。それもものすごい力で。
最早逃げ出そうにも、離れようにも離れられなくなった彼らは逃避行を始め……。
読んだのが半年程前なので少しうろ覚えですが、こんな内容でした。
主人公の一人、名前は雅彦だったかな。まあここでは雅彦とします。
雅彦の視点で語られる本作では、新興宗教の仕組みがかなりリアルに語られます。
要は自営業なんですが、収入はどこから入るのかとか、宗教法人として認められれば税収面で優遇されるとか、高額の「寄付」がどのような扱いになるのか、とか。
雅彦は前職が公務員だったからか、常識人であり、思考が一般人です。言ってしまえば、登場人物の中で一番俗っぽい考え方をしています。困っている人がいれば出来る範囲で助けようとするし、その範囲を超えたら恐れます。あくまで彼は普通の人です。
もう一人の主人公、えー、矢…口? 矢口です。
矢口は出版社に勤めていましたが、作家の妻との不倫が原因で職と住む場所をなくしました。作家になるのが夢だった雅彦を騙し(これはやむを得ずだったかな)たことがきっかけで知り合い、二人で宗教を立ち上げました。
彼は軽い性格で俗人ではありますが、善良です。困っている人を放っていけず、そして自分も一緒に苦しんでしまうタイプです。登場人物の中で一番良心的な人物で、良心の象徴のような人物です。
パトロン的な位置付けの企業の、雅彦たちの担当者。名前は忘れた。
彼は実家が寺で、宗教のスペシャリストです。付け焼刃の雅彦の知識を見抜いていながらも、何も言わず的確なアドバイスを出します。矢口よりもよっぽど右腕的な存在です。
有能な彼ですが、カルトの烙印を押された雅彦たちに対し「命令だから」と、容赦ない追及をします。
一番人間味がなく、正しさの具現のような人物です。
本作には上のような、~の象徴、ととれる登場人物が多くいるように感じました。野心の塊のような元芥川賞作家とか。そこもまた考えさせられました。この作品自体が説話めいているようで。
そして女たちです。立ち上げたばかりの頃から駆けこんできた彼女たちは、カルトと呼ばれるようになった後も出て行こうとはしません。盲信的な彼女たちは、いつの間にか雅彦たちを振り回し、やがて支配するようになっていきました。最早ヒモ状態になった雅彦は、彼女たちに逆らうことが出来なくなっていきます。
宗教は人によっては救いになるし、またはまり具合も人によります。依存し、生活のほとんどが宗教によるようになると、作中にも出てきたように家族が返せ返せと騒ぐこともあります。また、リンチ死のような事件も現実に起きています。国同士だと、戦争の原因になることもあります。これは自分が無宗教だから言えることかも知れませんが、宗教は元々救いの為にある訳ではないのではないでしょうか。だからこそ、人々の救いを求める声がビジネスになる、というようなことを思います。
あくまで個人の感想なので、本気の反論はやめてくださいね。
ところで冒頭のCMの話ですが、この間家のポストに答えが入っていました。
幸福の科学という新興宗教団体の映画だったみたいです。ふぅん。
ということで、今日はここまで。
さよなら。
「おろかものめ、おどらされているともしらず…」