「感情」はどこから来るのだろう?
こんにちは。チベット院長です。ちょっと前にニュース記事で読んだもので、生成AIの利用率や悩み相談についての調査があったんですね。それによると20代は4人に1人が生成AIを毎日利用していて、2人に1人が「生成AIに悩み相談をしたことがある」とのこと。そして面白いのが、その相談する理由が「親には相談しづらい」とか、「人にどう思われるか気にせず本音を話せるから」というもので、約7割が「生成AIに相談したことで悩みが減った」と回答しているんですよ。また、別の記事では10代の女性がAIを利用する理由が、共感してくれるからとか、褒めてくれるから、という内容なんですね。僕もチャットGPTやジェミニはほぼ毎日使ってますが、その使い方は主に論文検索やブログの記事タイトル作成とか、そんな感じです。あんまり相談とかはないですね。即断即決派ですし、自分のことは自分で決めるタイプなもんで。ただ、これらのニュース記事では主に若い世代の人々が人間よりもAIに「人間味」を感じているということなんでしょう。人はやっぱり否定されたくないし、恥ずかしい思いもしたくないですから、なかなか相談しづらいこともありますよね。でもAIなら基本設定は人間の味方ということになってますから、なんでも共感して、褒めて、応援してくれます。そこに安心感を覚えるのかもしれません。僕としては何でも「わかります!」とか共感されると、嘘つけって思ってシラけるタイプだから、人にもAIにも人生相談とかはあんまり。人間は感情で生きる動物ですが、その感情はいったいどこから来るんでしょうかね?感情がなくても生物としては生きられるし、嫉妬とか恨みとか恥ずかしいとか、そんな高度な(?)感情はいったいなぜ、人間に備わっているのでしょうか?AIはあくまで機械、というか計算機なわけで(たぶん)、ネット上の膨大なデータを集計、計算して学習し、人間らしく振舞う回答をするんでしょう。そして人間がそれに「共感してくれてる」と思うわけですね。人間以上に人間味があるAI。味方でいること、共感すること。共感という演技にすぎないはずなのに、人はなぜか安心感を覚え、感情移入してしまう。この「共感」とはいったいなんだろうか?1880年代のドイツの心理学者テオドール・リップスは、「共感とは、他者へのより深い理解につながるバランスの取れた好奇心である。言い換えれば、共感とは、他者の視点から他者の経験を理解する能力である」みたいなことを言ってます。つまりは、相手の立場に立って考える能力である、と。この「相手の立場」ってのがやっかいで、相手がどう思うかなんてわかるわけがないでしょ。相手がどう思うか、どう思っているか。それは本人にしかわからないだろうし、相手の事情や背景までわかるはずもない。だから、結局は共感というのは演技なんじゃないですかね?同情ではなく、推測でもない。まして自分の感情や主観で見るのではなく、客観的に相手の立場に立って見る、考える力。これが共感なのだとしたら、これは共感力という技術であり、習得できるもののはず。習得できるということは伝授ができるので、つまりはAIであっても計算によって学習できるということかもしれません。医療においては共感がなによりも大事であって、同情されてもウザいだけ。じっくり話を聞いてくれるだけで救われるけど、一緒に涙を流されたらドン引きするかもしれない。画面越しのAIは涙を見せないし、感情の変化に付き物の「間」とか、沈黙とか、気まずさとか、そういったメンドクサイものはないです。人間だったら忙しいとか、売り上げ出さなきゃとか、しつこくてめんどくさいとか、そういった人間の都合によって感情も変わり、行動も変わります。でも、AIは淡々と受け止め、励まし、支えてくれる。いつでも好きな時に、求めた瞬間に答えをくれる。これを共感として捉えて、安心感を得るのでしょうが、AI自体は感情がない。結局、受け取る人間自体が自分の都合に合わせて解釈し、共感を得られたと感じるのかもしれません。人生には答えがないし、自分で見つけていくしかない。でも、失敗したくない、恥ずかしい思いをしたくない、否定されたくない。そんな感情が人間にはあるから、共感力を学習したAIに感情移入するのでしょう。つまりは、共感とは演技でしかないのかもしれない。2024年に発表されたドイツの研究によれば(なんか話が長くなってきたけど)、医師とAIの回答のどちらに医療上の有用な回答が得らえるかを調査した研究がありまして。それによれば、「現代のAIは、時に人間(医師)よりもはるかに共感的で、正確で、安全な回答をテキスト上では作成できる」という結果の内容を報告しています。また、2025年に発表された別の研究においても、「AIの回答の方が、医師に比べて相手の感情を認めて安心させる言葉の回数が圧倒的に多い」「AIの回答の方が圧倒的に文字数が多く、かつ患者が次に取るべき行動(検査やセルフケアなど)が、具体的かつ論理的にリストアップされている」「実験参加者は医師が書いた本物の文章よりAIが書いた文章の方を、共感性・品質・好感度などすべての面において高く評価した」と報告しています。このように、患者さんの心に寄り添い、安心感を与えることが「共感してくれてる」と感じ、信頼も増すということでしょう。この共感があるからこそ、AI依存の人も増えているのでしょうね。自己肯定感や安心感を与えてくれる相手に依存するのは、別に特別なことではないでしょう。病気や不安が強い時、人はやっぱり、誰かに、何かに依存するものです。それが悪いわけではないけれど、自分にとって都合のいいことだけで世界が動いているわけでもない。感情は降ってくるものではなく、湧き上がるもの。心は脳にあるのかもしれないけれど、感情は胸に宿るのかもしれない。心、感情、自我、意識。こうしたことを学習できる。すくなくとも、それっぽい演技はできる。ならば、人間にしかないモノとは、果たしてなんだろう。僕にとっての人間とは、たぶん、矛盾を抱えながらでも生きること、かな?「矛盾は成立する」のが、人間の証かもしれない。チベットでした。