先祖が大切にしていたものは、大切せねばならんぞ。現界のみの理屈は通らんぞ。
未来にもえることが、現在に生きることであるぞ、
そなたは、先祖に対する考え方が間違っているぞ。
地下にあるそなたの根が先祖でないか。 根のない草木はすぐ枯れる道理ぢゃ。
分家した自分は、先祖はまつらんでもよいのぢゃと申して御座るなれど。
よく考えてくだされよ。 根から芽が出て幹となり、枝が栄えているのと同様ぞ。
枝には、根はいらんと申すのと同じような間違いであるぞ。
先祖は肉体人を土台として修行するぞ。
岡本天明 著 新版「ひふみ神示」 コスモ・テンより
いつもの石屋さんで二組の花束を買い、お線香や手桶とほうきを受け取り
また車に乗り込み、ご先祖さまの待つ墓場所へと向かう。
平日のせいか人もまばらで、邪魔にならぬよう車を止めると
お供え用の食べ物や飲み物と一緒に、先ほどの花なども
かかえてるようにして、墓前へと歩く。
一足先に墓石をのぞいた母が「これは・・何かね、誰か来ていったよ。」と
驚いたような顔をして、私を見るので、近づきながら見て行くと
2、3本のお茶とビールが置いてあって、平らな御影石の台には
敷き石で文字が書かれていた。
初めは誰かのいたずらかと思えたが、良く見ると
それは、詫びの言葉が一言と、母には長い間言えずにいた
長男の名前が書かれていた。
思い切って、何の連絡も取らずに知らん顔を決め込んでから
もうすぐひと月になろうとしている。
仕事も失い。信用も失い。ましてや一番肝心な
お金もなくっては、果たしてどうしていることやらと・・
気にはなったが、気にすることをやめにしたのだ。
電車に乗り、バスに乗って、歩いてこのご先祖様に
心は届いたのだろうか・・・・・・・・。