昨日の続きです。


ばかな長男には、これでダメだったら


縁切りだよと、最後の無心に訪れた


去年の春に伝えておいた。


会社に迷惑をかけ、同僚や親身になってくれた


専務さんや女社長さんだったけど


結局、仇で返す事態に陥り、自ら退職するはめになった。








・・・・・


「わたしも後で家に行ってみますから」と専務さんが言われた。


「お母さん。白い自転車ですよ。分かりますか?」


窓の明かりを見に行くと言うわたしに、教えてくれた。



まさかね・・・。


母に頼まれていた、お役所関係の手紙類を見るために


夕方に実家へと向かう。


いつものように、お仏壇へ手を合わせて、今回ばかりは


必死な思いで、長男の安否を尋ねてみる。


何事もないようにと・・どんな馬鹿でも


万が一の事態になったら・・・ご先祖様に申し訳が立たない


・・・・・・・・


見つめる目にあじさいが、大小の花が付いた一輪のあじさいが


ゆらゆらと、10秒くらいだったけれど


丸ごと動いてくれて


確信はないけれど、少しの安心を取り戻せたのでした。



宝くじなど(めったに買わないけど)どうか当たりますように

なんて願っても、微動だにしないのだ。


そして仕事の帰り、長男の家を見てくると


自転車がない。


良かった生きてるようだ!!!


絶縁したけど、必ずまたあの笑顔が取り戻せるまで


母も頑張るよ。












この神示よく読みてくれよ。 早合点してはならんぞ。


取り違ひが一番怖いぞ。


どうしたら人の為になるのぞ。 自分はどうしたら好いのぞと


聞く人、たくさん出てくるなれど、 この神示読めば


どうしたらよいか判るのざぞ。 その人相当にとれるのぞ。


神示読んで腹に入れて、もう分からぬと云うことないのざぞ。


分からねば、神知らすと申してあろうがな。


迷うのは神示読まぬからぞ。 腹に入れておらぬからぞ。


人が悪く思えたり、悪くうつるのは、己が曇りているからぞ。



岡本天明著  新版「ひふみ新世紀」  コスモ・テンより




広く浅く精神世界に関係する書物を、

ここ20年ばかり読み続けて、ひと月前に

予期せぬ偶然で手にするはめとなった。

この「ひふみ神示」は、文字的にも難解な部分があり

おそらく、どう読み進めてもすんなりとは

頭に入る予感がしない。


開いたページのその時の言葉や

よく分からないけど、うまく言えないけど

こんなかなぁとシンクロした時に

受け止めた気持ちを書き表わしたい

と、日記を始めてみました。


(この部分は本当は毎日、目にする所に張り付けたいのですが・・

初めてのブログはまだまだ分からないことばかりです(><;) )



「6月21日」を  忘れないでおこう。

親と言えど、分からないよ。

もうこれ以上、どうして良いのか・・。


そんなに、ダメだったっけ?

あんまり手を貸し過ぎたかなぁ・・。

あの手、この手と

アメもむちも効かなかったね。


何に費やしたの・・

そのお金

そんなに計算できなかったっけ?

商業高校出たのにね。


まだ、いいか

人さまを傷つけた訳じゃないし・・。

自分がどんどん

アリ地獄へと入り込んでしまっただけだし


神示・・・・読んでも

分からないよ。


もう大人なのにね・・・・。



大人だから・・

手放すか・・

誠の意味で手放すか・・・・。



悪のやり方は、始めはどんどん行くなれど、九分九厘でグレンぞ。


善のやり方始めつらいなれど、先行く程よくなるぞ。


この世に何一つ出来んということない お方のすることぞ。


神にささげずに、むさぶるからメグリつむのじゃ。


メグリが不運となり、病となるのじゃぞ、


運ひらくのも、食物つつしめばよい、言葉つつしめばよい。



岡本天明著   「ひふみ新世紀」  コスモ・テン  より



実家は父が長男のため、ご先祖さまをおまつりする場所がある。


小さなお仏壇は、子供のころは、家の端っこに作った棚の上にあった。


年月と共に、先祖となる人や、身内も増えてきて


必ず、ご先祖さまへ先にと、水やお茶や食物をお供えして


家に上がると、まず挨拶はご先祖さまが先。


神棚は無いのだけど


心にあるから、まぁいいんじゃないかと


住宅事情もあって、お仏壇の方が必要ということでもある。




心で思うことは


真に、無欲に、誰かの幸せを願った時


答えが返ってくる。


普通に手を合わせ


日頃の感謝と健康で働けることに


ただただ、ありがたくお礼を言うと


返事が返るようになった。


地震でもないのに、ドタバタと騒いだ訳でもないのに


花瓶の花や、毎朝取り変える水が


揺れるのだ。


目の錯覚だと、何度見つめ直しても


心で伝える言葉に反応して


揺れ方が様々なのだ。


あれから


3年


今では、心の友のような


いつも、励ましてくれているような


頼もしい味方なのです。


知りたい時は、聞いてみます。


あんなことや、こんなこと・・


大きく揺れる時は、まるで


喜んで、応援してくれてるみたいで


よーし OK だね!


と、勝手に解釈する。


ご先祖さまの誰かか神様か分からないけど


目に見えない誰かである事は確か。