Amazonプライムで絶賛配信中の『アイ、トーニャ 史上最大のスキャンダル』を観ました!お願い

 

冗談のような実話を描いたノンフィクション?作品です。

 

主人公は元スケート選手のトーニャ・ハーディング

 

 

 ハーディング家は下品で厄介な所謂「プアホワイト」で、トーニャの母ラヴォナは完全に毒親。

一応、娘のスケートには関心があり、レッスン代も母親が工面していたようですが、非常にスパルタでトーニャを叩くようなこともしばしばあったようです。ガーン

 

しかし、トーニャの才能は目を見張るようなものがあり、幼い頃から頭角を現しました。

 

浅田真央ちゃんの代名詞として有名なトリプルアクセルを世界で2番目、アメリカでは初めて飛んだトップスケーターに成長していきます。

ちなみに、世界初は日本人の伊藤みどりです。

伊藤みどりめっちゃ凄いやん…。知らなかった。

 

トーニャはちょっと素行に問題ありだけど、全米大会でも優勝するなどオリンピックでの活躍を期待された選手なんですが、、、

 

1994年に起きた「ナンシー・ケリガン殴打事件」によって彼女のキャリアは崩れていきます。

 

'事件'とは、トーニャのライバルであったナンシーが演技直前に何者かによって膝を殴打され、負傷するというものでした。びっくり

 

勿論、トーニャは関与を疑われたのですが、最初は関与を否定。実際に実行犯ではありませんでした。

 

しかし、後に計画を当初から知っていたことが判明し、懲役刑こそ免れたものの、アメリカスケート協会から追放されます。

 

映画では、そこら辺の事を事実に沿って描いています。

 

 

といっても、シリアスな感じではなく、結構コミカルなテイスト。

まぁ事実も冗談みたいな話(まるでサウスパークみたい笑)なので…

 

 

トーニャは、最近もドキュメンタリー番組に出演し過去を語っているようですが、全体として言い分をまとめると

    

    確かに事件に関与はしたけど、私がこういう性格になったのは、母の愛を受けられなかったり、元夫(こちらも事件に関与している)のDVを受けていたことが関係してるのよ

 

ってことなのかな。えー

 

 

余談ですし、映画では描かれてませんが、ナンシー・ケリガンも完璧な悲劇のヒロインのまま終われませんでした。

自身が2位だったオリンピックで1位の選手に対して、意地悪な態度を取っていたことがバレてしまい、悪い意味で話題になったよう。

 

 

フィギュアスケートって美を競う競技だからなんでしょうか?

なんかギスギスしてそうですね。真顔

 

美に点数を付けるって無謀ですよね。

勿論、技術点の採点基準はちゃんとありますが、表現の方ってどうなんでしょうか?

審査員の好みは反映されないと言いきれるのかな?

 

トーニャも技術は申し分無いのですが、当時の女性の美のイメージと少しズレていた&審査員から嫌われていた(トーニャ本人の主観による証言かも)らしく、正当な評価をされなかったみたいです。

 

(ほんとか知らんが・・・)

 

なんにせよ、トーニャも旦那も登場人物みんな胡散臭いw

 

まぁ、トーニャは息子もいて静かに暮らせているようなのでよかった。

 

 

(すみまる)

 

 

 



少し前にジャンク箱からFUJICA ST801をサルベージしてからM42の沼にズブズブと足を嵌らせている。

先日の仕事帰りに寄ったカメラ店のジャンク箱からPENTAX ESを救出した。
1971年に発売され、世界初のAE機として知られる同機。前世代のペンタSPほどではないものの良く売れたようでジャンク市場で度々見かける。

機械式を好む私としてはさほど興味が無いカメラではあったが、この時訪れたお店では税込100円で投げ売りされていた為即GET。

同個体は電子回路が故障している上にシャッターを切ると数回に一度はミラーアップ状態で固着する癖のある所がジャンクたる所以である。
回路が故障するとシャッターを切ることすらままならなくなる機種が多いAE機ではあるが、このPENTAX ESは1/60~1/1000の機械式シャッターが装備されている為、電気系統が故障してもマニュアル撮影が可能な電子・機械式シャッターのハイブリッドな仕様となっている。

今回は電子回路の故障に関しては目を瞑り、もう一方の故障箇所であるミラーの固着を直してゆく。

4つのビス(順ネジ)で固定されている底蓋を開けるとまず最初にメカメカしく、どことなくレトロフューチャーな印象を持たせる電子回路が顔を出す。
今回は回路にはノータッチで行く為、これもまたどんどん外してゆく……(回路は2本のビスで留められているが、外す際に配線を切らないように注意が必要。)


上図は回路を外した状態。
この状態で慎重に巻き上げを行い、シャッターを切りつつ動作を観察すると、画像中央付近にギアからの動力伝達によりミラーを戻す機構が存在していることが分かる。
この部分を無水エタノールで脱脂・清掃を行った上でミシン油を注油する。
様子を見つつ空シャッターを切り続けていると次第に潤滑油が各部へ回りミラーアップが起こらなくなった。

処置が完了したら電子回路と底蓋をはめてやって作業完了。
この時巻き戻しボタンの周りに嵌められていた丸いカバーを回路の上から被せる事を忘れかけてヒヤッとした(そもそも無くてもさほど困らなそうだけど)

外装を無水エタノールで清掃し、モルトも交換したので試写が楽しみ。
今週末は同じく100円で転がっていたSuperTakumar200mm/F4を着けて街撮りに出かけようと思う。

(ちちまる)

この記事は鑑賞した人向けです!!てへぺろ

鑑賞したこと前提に書いてます。

 

これから鑑賞する人はこっちの記事へどうぞ

 

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私にとっては紛うことなき傑作でした。

 

アリ・アスター的には、グロやカルトホラーの皮をかぶった人生再生映画

 

なるほど。

 

確かに、序盤からクリスチャンにはクソ野郎だな。なんだこいつとメンヘラ気味の私は思い続けてた。

クリスチャンがちゃんと断罪されてザマァ見ろと思ったしね笑えー

 

ダニーも序盤の状態からは相当回復??したと思うのでよかった???かも

 

この記事は感想に留めて、解説とかはしません!

解説は公式サイトでなされてるので!

そちらを見てくださいな。

 

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さてさて、物語で起きた順に私の感想を書いていこう。

 

まずは

 

妹の自殺と両親の死

 

妹怖いよ。怖いって・・・・

 

わたしはこの妹が映画の中で一番怖かった。

 

この恐怖の構図、『ペット・セメタリー』みたいだなって思った。キョロキョロ

 

『ペット・セメタリー』でも妹のレイチェルは故人である姉のゼルダの存在に怯え続けている。

実際に、ゼルダの霊が出てくる訳じゃないけど、土地に住まう悪いモノがレイチェルの心の底にある恐怖に反応したのか、

ゼルダの恐怖をレイチェルに与え続ける。

 

『ミッドサマー』では、ダニーは妹を怖がっているわけではないけど、妹や家族に先立たれたことから、

他人に置いていかれる

ことに酷い恐怖心を抱いてる。

 

だから、ダニーに内緒でクリスチャンがスウェーデンに行こうとしたことに酷く動揺するし、

ホルガでも、男子勢に置いていかれる悪夢を見た。

 

実際に妹の霊とかが出てくる訳じゃないけど、ダニーは自分を置いていく他人に恐怖してるんだね。

 

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これは全体的に気になったことなんですが、映画冒頭の謎の歌?とか神事で歌ってたり話したりしている言葉って全部スウェーデン語なのかな?

 

ただこうだったらいいなぁって話なんですが、

神に語りかける言葉は、人間には解読不能なものであってほしいな

ただ、そうだったらかっこいいなぁってだけです・・・もぐもぐ

 

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次は、ホルガで起きた最初の衝撃事案

 

老人の自殺(アッテストゥパン)

 

 

ビョルン・アンドレセン出るの知ってたけど、こんな序盤で召されるとはwwwwwwwww

もっと見ていたかったwwwwwwwえーん

 

凄い痩せてるけど、年取っても整った顔立ち。

 

老人2名の自殺は、崖の上でうろちょろしてる時点で察せたのでショックはなかった。

(顔面潰れたのはびびったがね)

 

更にいうと、シヴだっけ?夏至祭を取り仕切っている女性が、説明していたように、

 

彼らの世界では、老いて醜さを晒すよりも名誉ある死を選択し、新しい命に繋がっていく方が幸せなのだ。

というかそれこそが彼らが人生をかけて望むこと。

 

それを聞けば、まぁそれなら彼らは幸せなんだし、いいかって思える。

 

輪廻転生のようなもんだし、理解しやすい。

 

それに、この自殺だって、広義でくくれば日本の自決・切腹文化と同じようなものだと思う。

恥を晒すくらいならば、自ら散るべきであるということ。

死にきれなかったダンことビョルン(違う)を村人が殺したのだって、介錯と同じようなもんだ。

苦しむくらいなら殺してあげた方が優しいんだ。

 

ただ、これ日本みたいに自国文化に名誉ある死っていう文化がある地域、国の人はいいけど、

 

そうじゃない国の人にはまじでは???って感じなんだろうな

 

この映画は、キリスト教徒から見た異教徒の世界もテーマの1つだし。

それこそ、アメリカ人・イギリス人設定のダニー達部外者は混乱していた。

 

まぁ、普通に目の前で人死んだら混乱するけどwwwwwwwwwゲロー

 

そういえば、この儀式で死んだおばあちゃんが、椅子に乗って運ばれていく時、彼女を意味ありげな物悲しい目で見つめるおっさんがいましたね。。。

肉親とかなのかな。

あのシーンで私はあ、このおばあちゃん死んじゃうんだって察したな。。。

 

後、あの儀式で疑問に思ったのは、顔を潰すっていうこと。

おばあちゃんは顔・頭が潰れて即死だったけど、ビョルンは足がもげただけで死にはしなかった。

そしたら、村人は木槌で顔を潰したよね。他でもなく顔を。

 

もちろん、顔というか頭を潰せば即死っていうのはあると思うけど。

ナイフで首を切って殺すとかそういうんではないことが気になった。

 

ここからは完全に妄想だけれど、

 

老人たちはこれから(輪廻を巡って)新しい命として生まれ変わる存在。

顔っていう個人を認識しやすい部位を潰すことで、個人ではない命そのものとして認識し直す

意味があるのでは?

それなら新しい命に彼らの名前を継承させる意味はよくわからんが、その新しい命は彼ら故人と同一ではないので。

新しい生を得るために故人の顔を潰す必要があると考えてるのかも?ニヤリ

 

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次は

 

ルビン(ルビ・ラダー書いてる障がい者)のこと

 

もうちょっと彼?に登場してほしかったな。

 

作中ではお絵かきしたり、特徴的な顔がアップになったりするだけ。

 

障がい者になる確率が高いことをわかっていながら、意図的に彼を生み出した村の思想には問題があると思うけど、

彼自身は幸せなのかな。

 

彼はルビ・ラダーを書くという超重要な役目が与えられてるし、本人も楽しそうにお絵描きしてるし、

少なくとも作中では、彼が他人から危害を加えられている様子はなかった。

 

でも、誰かと交流してる様子もなかったよね。

それがなんか気になった。えー

 

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次は

 

マヤの恋愛ルーン

 

うんwwwwww

やばいメンヘラがバレンタインでやりそうwwwwwww

 

これが出てきた時点で、

 

あ、、、、後で同じことが起きるんだってなった。

 

きもいwwwwwゲロー

 

お毛々は入ってたけど、経血も入ってたのかなwwwww

あの飲み物そうなのかな・・・・・

 

そして、恋愛ルーン、ちゃんと効いてないですよね。

 

クリスチャンが浮気しちゃったの薬キマってたからやん。

 

あの壮絶セ○クスシーンについては後述ゲッソリ

 

そして、マヤはクリスチャンに気があったように見えるけど、クリスチャンが生贄になっても特になんとも思わなかったのかしら。

種として好きだっただけなんかな()

 

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処刑法に関して

 

次々と部外者たちが村人の毒牙にかかっていきました。

 

マークとかいう愚か者がスキン・ザ・フールされたのは、当然の報いだし、

ジョシュとかいう賢いフリした思慮の足りない奴も同上ニヤリ

 

でも、コニーとサイモンは脱出しようとしただけだけど、それも駄目なん???

コニーはディレクターズカット版じゃないと死因がよくわからんので知らんが、

サイモンはあんなに残酷な処刑をされる必要あったかね・・・。

 

あの処刑法「血のワシ」っていうらしいですね。ガーン

 

実際にヴァイキングがやってたらしい。。。

 

流石、野蛮人!

というか、昔の認識だと、ゲルマン民族そのものが野蛮民族。

土地を奪い、女をレ○プし・・・

 

というのはさておき

 

「血のワシ」って、生きたまま肺を引きずり出すらしい。

そして被処刑者はそうなっても生きてるらしい。

えええ・・・・

 

サイモンはそんなことされちゃうような罪を犯しただろうか・・・

 

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次は、

 

感情を共有する文化

 

後述するといっていた、例のやばいセ○クスシーンですが、

 

これは(強い)感情を共有するというホルガの文化によるものですね。

 

快感も彼らにとっては共有するものなのでしょう。

 

しっかしババアの汚い体見ながらクリスチャンはよくイケたな

流石に速攻賢者だったようだが

 

彼氏の不貞を目の当たりにしたダニーの強い悲しみも共有されていました。

 

傍から見たら異常、集団ヒステリーって感じですが、あれは結構慰められるかも。

なんか冷静になれそうだし。

 

ペレがダニーに「君の気持ちわかるよ」って伝えてたのも、この文化があるからなんだね。

 

これさえも伏線だったのね。

 

 

最近の傾向&西洋の精神性だと「他人の強い感情に対する共感」って割と敬遠されている気がする。

わたしはわたしでお前はお前といわんばかりに。

 

でもホルガでは違う。

個人的なことは社会的なこと

 

子どももみんなで育てるし、命は巡るし、感情もみんなのもの

 

まぁ、安心感はありそうな社会だ。(生贄にされるかもだけど)

 

 

~~~~~

 

さて、次はホルガの社会体系のこと

 

映画でも説明あったように、ホルガの世界では

 

生まれてから18歳までが”春”

18~36歳が”夏”

36~54歳が”秋”

54~72歳が”冬”

 

その後は・・・

 

ということだった

 

食事シーンだったか、赤ちゃんを抱えた女性が

「この子の母親は今巡礼中(夏の時期に行う)なの」

と言っていた。

 

つまり、この赤ちゃんは母親が18未満かそれくらいの時期に産んだ子なのだろうか。

 

そういえば、赤ちゃんを産みたいマヤも結構若そう。18前後に見える。

 

もしかしたら、多くのホルガの女性は巡礼前に子を産むのかもしれない。

 

まぁ、赤ちゃんはみんなが育ててくれるし、そんなに問題はない。

 

こういう小さい社会で、子孫を残すことは女性の重要な義務になりうるだろう。

その義務を最低限果たした上で、一番自由で一番楽しい年頃(夏)に村の外に出られるのは、彼女たちにとって幸せなことに思える。

 

でも、「巡礼中」に村の特殊さに気付いて、外の世界がいいと思ったらどうするんだろう。

 

別にそのまま逃げても、村人は追ってきたり無理やり連れ戻したりしなさそう(そんな力無さそう)真顔

 

なんか、そのリスクを少しでも減らすために、巡礼前に子どもを産ませている気がする。。。

実子が村にいたら、多少村が嫌でも帰ってきそうだもんね。

 

 

後、気になったのは「90年に一度の祝祭」について

 

それってどこまでが「90年に一度」のことなんだろ?

 

だって、72歳の老人なんて毎年じゃなくとも数年に一度は発生するよね。

アッテストゥパンは行われないのかな?

 

「90年に一度」は生贄を捧げることだけなのかな?

 

もしそうなら、1つ気になることがある。

 

ペレの両親の死因

 

ペレは「両親は小さいときに炎に包まれて死んだ」とかなんとか言ってた。

 

炎に包まれてって聞くとどうしても、生贄を捧げるシーンが思い浮かんじゃう。

もしかして、ペレの両親は生贄として捧げられたのでは・・・?ガーン

 

そうするとますます、何が「90年に一度」なのかわからなくなってくるなぁ。

 

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最後はラストシーンに関して

 

公式解説ページによると、ダニーのあの笑顔は、クリスチャンを切り捨てたことで完全に吹っ切れて、

他人の顔色を伺う自分から解放されたってことらしい。

 

つまり一応ハッピーエンド。

 

そ、そっかーって感じだな。。。ショボーン

 

確かに、クリスチャンはモラハラ男とかではないけど、ダニーに合う男ではないと思うし、間接的に殺しちゃったのはやばいが、ダニーが彼を切り捨てられたのは彼女にとって良いことだと思う。

 

それに、ダニーは「女性的な女性」で問題の解決方法よりは共感を他人に求めるタイプだ。

そんな彼女にとって、感情の共有を文化とするホルガは合っているのかも。

 

でもなんかそれでいいのかな。

 

なんかダニーは洗脳されている気がする。

 

というか、ホルガの住民に従って順応していかないと殺されるかもしれないから。

「理解のある部外者」でいざるを得ないというか・・・・・

 

それは彼女を本当に幸せにすることなんだろうか?

 

まぁペレが支えてくれwてへぺろ

 

 

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~総評~

 

先述しましたが、この映画は

 

キリスト教徒から見た異教徒

 

というテーマが強く作品全体に漂っています。

 

ホルガの祝祭方法や文化は異教徒のもので(主に北欧神話を元に設定されてる)

キリスト教徒(多分)の部外者達にとっては訳のわからない野蛮なものなんですよね。

 

でも、実際にある神事とかお祭りって、異文化の人間から見たら物凄く変だし、時に「野蛮」ですよ。

 

世界の奇祭とかで調べれば色々出てくると思う。

 

生贄の文化も世界各地にあったものです。(今もやってるとこあるかも・・・)

 

ロンドン橋だって人柱埋められてるしね。

 

奇習の例をあげるなら、インドのサティーとか。

『80日間世界一周』で言及されたのが有名ですが、

未亡人が夫の亡骸と一緒に生きたまま燃やされるという文化です。

 

結構最近までやってたんですよ。(今も田舎ではやってそう)

 

 

とまぁ、現実にも異文化の人間には理解し難い文化ってたくさんある。お願い

 

ホルガの問題点は何も知らない部外者を巻き込んで生贄にしちゃったり、半強制的に順応させてしまったりするところ。

 

部外者から見たら、アッテストゥパンも村人志願者を生贄として燃やしちゃうのも、人権侵害だし倫理的に問題がある。

 

でも、(とりあえず作中で描かれている範囲では)彼らはそれを望んでいる

 

特に悲観するべきことではない、むしろ喜ばしいことなんだろう。みんな「笑顔」だし。。。

 

 

つまり

 

他人の文化を不必要に抑圧することも、自分の文化を他人に押し付けることも過ちだ。

 

もちろんそれだけじゃないけど、そういうこともアリ・アスターは伝えたかったんじゃないだろうか。

 

 

 

すみまる