すまっち!の鉄分補給部屋 -117ページ目

そう言えば・・・

梅雨明けしましたね・・・(オイ!

異例の早さで梅雨入りしたと思ったら、これまた異例の早さで梅雨明け・・・

ん~、やはり異常気象なのでしょうねぇ
すまっち!の鉄分補給部屋
って、梅雨明けが早かった分、やっぱ暑い夏が長くなるのでしょうか?(;´д`)

栃木名物

線路端の栃木名物と言えば・・・

大谷石作りの石蔵ではないかと個人的には思っており、古くからの農家には必ずある・・・と言っても過言ではないでしょう。


そんな石蔵とタラちゃん重連↓
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切り取り方次第では、昭和な光景そのものですね!

ほぼ同じ場所から・2

ほぼ同じ場所からシリーズ第2弾!


2013年6月27日撮影↓

すまっち!の鉄分補給部屋

そして30年前に撮影↓
すまっち!の鉄分補給部屋

右奥に貨物ホームの木造上屋が写っています。

今は綺麗に整地されて広場になってしまい、当然ホームも残っておらず、当時の面影はコンクリート製の車止めが残っているくらいです。


そして第1弾の使いまわしですが、↑とほぼ同じ場所からのケツ撃ち↓
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第1弾で、けいじゅさんからコメントを頂きましたが、コンクリート基礎は転轍器標識の基礎で、ここから貨物ホームへ側線が分岐しておりました。

そして手前に写っている4本の木杭は、貨物側線のポイントが乗越ポイントに変更された際に、横取り装置を置いておく為に設置された物です。

ほぼ同じ場所から

宮ミヤのキハ40 1004と1005が新製配備時の朱色1色塗りに復元され、国鉄時代を彷彿させる2両編成での運行が見られる事になったので、国鉄時代に撮影した写真と同じ場所で撮影してみよう・・・って事で始めたシリーズです。


と言う事で第1弾!
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塗装復元後、初めてペアを組んだ運用の日に撮影


そして30年前・・・↓
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ド逆光ですが・・・(^^;

それに、今では大問題になる場所での撮影ですが、ここは使用されていない貨物側線跡で、本線のレールとは接続されてない乗越ポイントで、横取り装置を使って保線車両を留置する為に使っている側線でした。

で、国鉄時代は、今では考えられませんが、列車の運行に支障がない所であれば、こんな所で撮影していても怒られる事はありませんでした。

背後は駅で、当時はタブレット閉塞だった為に駅長・駅員配置駅だったのですが、怒られる所か「良い写真撮れた?」と声を掛けられる位に、とても大らかな時代でした。


ちなみに今は、この側線跡は綺麗に整地され、背丈以上のフェンスが張られております。

神々しく・・・

新製配備時の朱色1色塗り(首都圏色/タラコ)に復元された1004と1005がペアを組み、雲の切れ目から射す光のカーテンをバックに神々しく登場!
すまっち!の鉄分補給部屋

鳥肌モノでした!!