当時の、ちば先生は、ハリスの旋風(かぜ)を完結させて、次回作を執筆するには2ヶ月弱の準備期間しかなかったが、決して無理なスケジュールではなかった。
ただし、両先生の立場を踏みにじらないように丁寧に語ると
梶原先生は自分の企画を通すために、ちば先生を利用したのではない。
梶原先生は当時から、自分の原稿の台詞は
一字一句変えてはイケない
天上天下唯我独尊ルールを設けていたが
手塚治虫先生とちばてつや先生
だけは例外で、台詞変更を認めると講談社側へ事前に伝えていた。
なので、このエピソードからも梶原先生は、ちば先生を既に認めており、本当に心からボクシング作品を描いてほしい作家だったのである。
そして、ちば先生はボクシングのルールを満足に知らないのに
梶原先生を手塚治虫先生扱いに評価していた
ことで承諾するのだが、
この時の条件として
必要に応じて台詞やストーリーの変更部分の容認
を願い出ていた。
僕も漫画原作者の端くれであり、これを、ちば先生の立場で解釈すると
自分のボクシングルール知らずが元で、作品を作る際にトラブルを招かないように…の
保険
が、少なからずあるかと思う。
後世の歴史的解釈の話をすると、ちば先生のこの条件は
ノーベル賞
に匹敵する。
なぜなら、あしたのジョーの最終回は
梶原先生の原稿
ではなく
ちば先生のアイデア
を梶原先生が受け入れて誕生したからだ。
しかも、それだけではない。
この条件は、二人が何度か衝突した際の
ちば先生の防御壁
にもなったのだ。
そして、一番最初の防御壁になったのは、実は連載開始後まもなくだった…(滝汗MAX)
この時、梶原先生が怒りを鎮めなければ、あしたのジョーは連載まもなく空中分解した作品となり、10週で未完のまま終了してもおかしくないくらいの出来事がそこには存在したのだ。
~明日に続く~