タツノコプロの影の生みの親に、東映の屋台を建て直し、ライダーシリーズにも影響(13話のトカゲロンとにせライダーを倒すための特訓など)を与えた、我らの梶原先生の快進撃は、これだけに留まらなかった。
柔道一直線から遅れて半年、昭和42年9月号より月刊誌の冒険王にて
『夕やけ番長』(作画は荘司としお先生)
を開始する。
この作品が特筆されるのなら、『男一匹ガキ大将』よりも先に
番長マンガ
のパイオニアであることだ。それまでのマンガは確かにケンカシーンがあったり、番長が出てきたが
主役が番長
であるマンガは、この作品が初だった。
この作品もTVアニメ化しており、一人の原作者が同時進行で
野球、スパイ、柔道、ケンカと、見事に違うジャンルを書き分けている。
翌年(43年)にはこれが
野球(巨人の星)
柔道(柔道一直線)
ケンカ(夕やけ番長)
プロレス(タイガーマスク)
ボクシング(あしたのジョー)
の黄金ラインナップに変わり、全部がTV化しているのだから
梶原先生のピーク
と言っても良い年だった。
梶原先生が、もし社会で正当に評価されるとしたら本来は
5作品同時ヒット
を指すことであり、この快挙は後年
誰も真似が出来ていない偉業
でもある。
しかし、偶然にも5作品のうち3作品(巨人の星、タイガーマスク、あしたのジョー)が
講談社系
の連載で、講談社も各作品の人気に呼応した宣伝をしたため、良くも悪くも今日、梶原先生の代表作品が、この3作品になってしまう。
作品が後世まで語り継がれるのは、ファンとしてもちろん嬉しいが、出版社の実力で、ないがしろにされている、柔道一直線や夕やけ番長のことを思うと
素直に喜べない
のは、僕が猛烈な梶原信者の裏返しになると思う。
next