新日吉神宮 | 不思議な日常の出来事

不思議な日常の出来事

2014年の3月に初めて仙台に行ってから武士さんとご縁を頂くようになり神社仏閣に行くようになりました。
神仏や武士さんとの体験談を載せていければなぁと思っています。

豊国廟から坂道を下ってくると左手に「新日吉神宮(いまひえじんぐう)」が見えてきます。


歴史は古く1160年に創祀されています。
元々東山の麓にあったらしいのですが場所が何回も変わっているそうで今の場所に来たのが1897年だそうです。


拝殿です。
思っていたより広い境内でびっくりしました。とても静かです(*´ω`*)


拝殿の奥に階段がありその奥に本殿があります。階段の左右にはお猿さんの像がありました。参拝者は来た時に一人おられましたがその後は貸切でした。
この日「新年祭」があったらしいのですが私が来た時は終わっていた様で神社の方が後片付けをされていました。

本殿前でご挨拶させて頂きお礼を申し上げました。その後帰ろうと思い来た道を振り返ると本殿前の右側に飾られている絵馬が急にガタガタと鳴り出したのです。
それが結構な音でしてびっくりしてしまいました。
絵馬が鳴ってるのを見てると「まだ帰ったらダメなんだ。まだ行かなきゃいけない所があるんだ」とふと思いました。

とりあえず絵馬の方に歩いて行くと本殿の右側奥に回りこめるスペースがある事に気付きました。
何かあるのかなぁと思い先に進んで行くと二つの摂社末社らしき建物が見えました。


こちらがその建物です。
何だろうか…と思い近づいてみるとなんと左側の社に「豊国神社」と書かれていたのです。
わ、こちらにも秀吉さんをお祭りされていたのですね∑(OωO; )とビックリしてしまいました。

この時は場所的に秀吉さんのお墓の近くなので秀吉さんを奉っている神社を境内に置かれているんだなぁ…位にしか思っていませんでした。
しかし家に帰ってから神社のHPを見てびっくりしたのです。


こちらの豊国神社元々は「樹下社」と言うそうです。
豊国廟の下には昔秀吉さんを奉った豊国社という大きな建物があったらしくそこで秀吉さんは「豊国大明神」として奉られました。しかし徳川家康さんが豊国社を壊して秀吉さんを奉れない様にされたそうです。
その後豊国社があった場所の前に新日吉神宮や他のお寺を移し豊国廟への道を防いだんだとか…そこまでしますか(-ω-;)と思ったのですが家康さんにとって豊臣はそれだけ脅威だったのでしょうね。

その時、新日吉神宮の方が豊国社に奉られていた御神体を密かに神宮内でお祭りして下さってたそうなのです。
豊国大明神のままだと徳川に見つかってしまうので「樹下社」と名前を変えてお祭りしていたんだとか…
明治時代に豊臣家と関係があった人達の子孫が豊国廟を今の様に復活させ参道に立っていた新日吉神宮も今の場所に移ったそうです。
この時境内でお祭りしていた樹下社を豊国神社として今の場所に建てられたそうなのです。

まさかこちらの神社と秀吉さんが関係あったとは…今回この神社に参拝に来なければ気付かなかった事でした。
誰かが引っ張って教えて下さったんだなぁと思いました<(_ _)>

新日吉神宮に参拝後、西本願寺に向かいました。