風のうた -40ページ目

憧れの地

高校生のとき

初めて北海道に行った。

それは素敵な思い出だけど。

その時にはかなわぬこともあった。

いま、とっても大好きな礼文に行けなかったこと。

いつも稚内の町から、

遠くに眺めた利尻、礼文。


富士見1

残念だけど、

島に渡る船に乗るお金がなかった。

すごい貧乏な旅だった。


乗船券

でもね。

今考えると、

それはよかったのかもしれない。

憧れがないのは、

もっと寂しいこと。





鳥の歌

みなさんこんにちは


なかなか更新できないのにいつも待ってくれていてありがとうございます。


今日は「鳥の歌」のお話です。


鳥の歌といっても、北海道の鳥でもなければ、自宅の近くの鳥さんでもありません。


スペインのカタロニア地方の民謡のお話です。


カタロニアはスペインの一地方だけどいろいろなことがあります。


言葉が「カタロニア語」で、おそらく生活文化も違うスペインの少数民族なんです。


アイヌの人たちと似てるのかな


わたし、ここで生まれた音楽家「パブロ・カザルス」さんの音楽がすごいすきなんです。


カザルスさんは終生、平和とふるさとを愛し続けた。


鳥の歌を弾くときには「わたしのふるさとカタロニアの鳥はピース、ピースといって鳴くんだよ」と前置きをして


この曲を演奏したらしいの。


この曲はカタロニアの魂の歌



チェリスト井上頼豊氏の『回想のカザルス』(新日本新書)から引用させていただきます。


……95歳直前の1971年10月24日が、カザルス最後の国際舞台になった「国連デー」記念コンサートである。いまだに語り草になっているこの公演は、豪華な出演者への期待もあり、国連総会参加の各国代表とその家族たちで、大会議場は超満員だった。
 この日のためにカザルスが作曲したオーケストラと合唱のための《国際連合への賛歌》が初演され、ウ・タント事務総長がカザルスに国連平和メダルを贈った。つづいてスターンとシュナイダーによるバッハ《二つのヴァイオリンのための協奏曲》や、ホルショフスキー、ゼルキン、イストミン協演のバッハ《三台のピアノのための協奏曲》などのあと、もう一度《国連賛歌》が演奏されて、プログラムは終った。

 指揮台をおりたカザルスは、しずかに客席に話しかけた。
 「私はもう十四年もチェロの公開演奏をしていませんが、今日は弾きたくなりました」
 運ばれてきた愛用のチェロを手にとって、彼はいう。


「これから短いカタルーニャの民謡《鳥の歌》を弾きます。私の故郷のカタルーニャでは、鳥たちは平和(ピース)、平和(ピース)、平和(ピース)!と鳴きながら飛んでいるのです」
 彼は右手を高く上げて、鳥が飛ぶように動かしながら、ピース、ピース!とくり返した。



「この曲はバッハやべートーヴェンや、すべての偉大な音楽家が愛したであろう音楽です。この曲は、私の故郷カタルーニヤの魂なのです」
 静まり返った会場に流れた《鳥の歌》。その感動をことばで表現するのはむずかしい。強いていえば、巨匠の人生と思想がこの短い曲に凝縮されて、聴くものの心をゆさぶった、ということだろうか。全聴衆と演奏者が、そして世界に放映された録画に接した人たちが、同じように涙を流したのだった。……(後略)

おじい様のお茶

母は実家のお茶が懐かしくてね。


庭にお茶の木を植えたの。



母の実家はね。


古い農家だった。(悲しいけれど過去形です)


今わかっているだけでも400年も続いたとか。


母がまだ小さな子供だったころ。


田舎では何でも作っていた。


本業はお米作りだけど


お茶


お醤油


お味噌


果物


お野菜


お塩以外は買わなかったみたい。


おじい様がお茶作りの名人でね。


母は今でもそのお茶の味が忘れられないとか。


田舎のお茶の木はね。


田舎のお庭の、観音様の近くに植えられていた。


観音様はね。


馬頭観音といってね。


昔の農家で一番の力持ち。


一番の働きもの。


お馬さんのために建てられたらしいの。


母は小さいころおてんばでね。


果物の木はもちろん。


実は観音様にも登ちゃったらしいの。


母は


一番おいしい柿が、


どの柿の木(柿の木もいっぱいあったから)の


どの枝になるのか知っていてね。


柿の木に登って一番おいしい柿を食べたんだって。


母が柿の木に登るのを見ていたおじい様は、

(私のおじい様ではなく、母のおじい様)


「柿の木は折れるから登ると危ないよ」ってたしなめてくれたらしい。


けっして「女の子が木に登るのはいけない」とは言われなかった。


この柿の木も、お茶の木も、観音様も


いつからあるのか。


おじい様でもわからないらしいの。


昔昔のご先祖様が、子孫のために残してくれた。


とっても大切な宝物。


でも、


今はもうない。



馬頭観音

観音様は母の実家のものではありません。