エスパーかカナリヤか親方か2 | 左官日和

左官日和

日々、七転八倒の左官日和。

BG」では主要な登場人物が殉職したようです。ひょっとしたら主役がそうなるのではないかと想像していました。そうなるにしても今のご時世で「太陽にほえろ」のような展開はなかなか難しく、ギャンブルになりそうなので、そのあたりの見せ方をどうするのかが勝負どころだと勝手に考えていました。

99.9」でも当たり前のように「太陽にほえろ」ネタが使われてたりするのでなおさらです。「ケイゾク」ばりに、気がついたら物凄い展開に連れて行かれるという路線も無いでは無いと思ってヒヤヒヤしていたのですが、シーズン1からの継続していた話が早々に解決した段階でその緊張感は無くなりました。小さい娘も楽しみに観ていたので、恐ろしい展開はちょっと心配だったのです。そうなったらなったで仕方がないのですが。

幼心に受けた衝撃は大人になっても忘れられないものになる場合があります。それをすべからくトラウマと呼ぶかどうかはともかく、それが良いとか悪いとかでもなく、当たり障りのないものばかりに囲まれるよりも、ひょっとしたらその衝撃は重要なものになるかもしれないから何とも言えません。

自分のことを振り返ってみて思い出すのは、題名も思い出せない、テレビでやっていたカンフー映画で、今思えばなんということはなさそうな対戦で片腕を飛ばされてしまった方がのたうちまわるという展開。それをたまたま観ていた自分はヨロヨロと隣の部屋に逃れて行って、吐くのではないかというような顔をしていた覚えがあります。それを見ていた父親は笑い、異変に気づいた母親が、変なものを子どもに見せるなと言って激怒していた光景を思い出します。今見たらそこまでの映像ではなかったのだろうと思うのですが。

それよりも今だに謎として響きつづける衝撃波は「デビルマン」から受けたものです。たぶんテレビアニメで知っていて、店でみかけた同じタイトルの漫画を開いてしまったという流れです。

当時、なぜかスーパーにどっさり漫画が並んでいて、親の買い物について行って、清算か何かの間にブラブラ待っているときに遭遇したのでした。

そのときもたぶん相当青ざめていたと思います。しかし、読むのに挫折することもできず、目を逸らせずにいたような気がします。アニメとのギャップもそうですし、話の展開があまりにも心に刺さってきたからです。

異変に気付いた母親は読んでいた漫画がデビルマンだったので、「あっ、あっ、あっれっはー、誰だー、誰だー、誰だー、」と近づいてきて、覗き込んだ瞬間「なっ、なっ、なんじゃこりゃあー!」とひったくったかどうかはわかりません。しかし当時の母親は、ちょうど松田優作のような髪型をしていたような気がします。母親はそのままレジにすっ飛んで行って店員に猛抗議していました。抗議された店員はなんのことやらさっぱりわからなかったに違いありません。

親としてはやはり心配になるのでしょう。今思えばその気持ちもよくわかります。

しかし、デビルマンの原作本によって開かれたものが何かとても重要なもののような気もしますし、開かれなければ開かれないでも良かったもののような気もします。

確かなことは、何度読んでもデビルマンからは今だに何がしかの感銘を受けてしまうことです。そんな自分がどっこい生き延びているという現実もあります。

この先に娘が目にするもの、聞くもの、感じるものが何なのか全てはわかりようがないですから、案じていても仕方がありません。結果的にどんなふうになっていくかを見つめてみて、思いついた時にノックでもしてみて様子をうかがって、その都度色々なボタンを押したり引き出しを開いてみたりしてみるしかないのかもしれません。

そんな中、単発でNHKの「スニッファー 臭覚捜査官」を見ました。娘もしぶしぶという感じでいたのですが、連続ドラマで見ていた事を思い出してからは最後まで一気に一緒に見終えてしまいました。

予算の差というものもやはりあるのでしょうか。民放においてはお金をかけた方が良くなりそうな路線もなかなか難しいのかもしれません。画面の外まで世界が広がっているように見せられるか、見せたいのに予算の都合でなのか画面内に期せずして余白すら見えてしまうというのとでは雲泥の差になってしまいます。

あくまで画面内の出来事ですよと開き直った世界観で、でも実は現実の世界にも深く通底させている「99.9」の見せ方は対照的です。

さらに対極的な見せ方もあります。超低予算、工夫とフットワークと直観と想像力と覚悟によって偶然の女神が微笑んでくれた、というような。そういう路線がテレビ東京の専売というわけでもなく、色々な人の思いがスパークする可能性は、まだまだありそうな気がします。

人口も少なくなり、忙しくなる毎日でテレビに向き合える時間は少なくなる一方のはずですから、視聴率が単純に上がるはずもなさそうです。となると、広告的価値とは別の基準で観られなければならなくなるのかもしれません。ドラマはドラマを観る人のためのものということになると、お金もドラマを観たい人から支払われるのが主になる流れが自然なのでしょうか。そうなると、観る方も作る方も演じる方も、向き合う相手が変わってくることになります。

自分はそのとき、お金を払って契約してドラマを観たいと思うかどうか。たまたま流れていたドラマを受動的に見ている態度が変わるのかどうか。

昔、「ツインピークス」という海外ドラマにはまっていた時がありました。あの作品にお金を払ってでも観たいと思わせたのは何だったのだろうと考えると、意外にぼんやりとしてきます。

デビッドリンチという奇才が描く連続ドラマの世界を観てみたいという気持ちは強かったと思います。パイロット版で心を掴まれたというのもありました。やはり「人」なのでしょうか。

ただ、正確には、デビッドリンチという奇才が描く連続ドラマを観てみたいという気持ちが強かった当時の仲間に誘われるようにして皆で集まって観始めたらはまっていったという流れでしたから、当時は当時で受動的でした。

ともあれ、そこまでドラマ視聴に時間を割ける余裕があったというのが一番の理由でしょうか。実際、最近放映されていた「ツインピークス」の新作は興味が湧きながらも結局は観ませんでした。

そうした忙しい最中にたまたま見かけるドラマや映画に心震わされる、そんな日常が左官日和です。親方は毎日現場に出るのみならず、仕事が終われば片付けをし、翌日の段取りをし、営業に行ったりもします。少し遠方なら朝は4時に起き、帰りは10時頃。好んでやっていることなのでそれが苦痛なわけではありませんが。そんなますます狭くなるニッチに入り込んでくるドラマが数少ないのは自然なことです。そこに入り込んできた「99.9」はやはり面白い作品だったと言えるのかもしれません。

ところで、ドラマに左官屋が出る幕があることは稀ですが、実は結構面白い話が出来るのではないかと思う時があります。

知る限り唯一の、主役が左官屋のドラマに「ありふれた奇跡」というのがあります。ただ、このドラマの左官屋のイメージはあくまで主題を支えるための設定だったためかステレオタイプなものに見えました。左官屋を町場と野丁場という対比で固定させて考えるのはあまり面白くありません。相互に絡み合わせた上で、落とし所を考えた方が面白いと思います。

しかし、例えば小説家が左官を扱う場合でも町場の漆喰塗りになるし、職業体験エッセイで入門する先も寺社仏閣を主戦場とした左官屋になります。それはそれで面白いのですが、ダイナミズムには欠けてしまうような気がします。

野丁場という大規模工事が行われる世界で展開される世界は、とてもダイナミックなものです。一人一人の仕事の積み重ねも、ただ無闇に積み重ねられても物にはなりません。緻密な計画、管理、綿密なコミュニケーション、一日一日の積み重ねと検証。ロケットを打ち上げるたりするのと変わるところがないドラマが展開されているのです。

色々バイタリティ溢れる人が多いのも同じで、それを借用するだけでもたくさんのシーンが作れそうです。

例えば、矢沢永吉を熱唱するシーンから始まるとか。テレビにもよく出る有名な左官職人のエピソードです。

あるいは波乗りをしている真っ最中から始まるとか。その波のトンネルの向こうから差し込む光と反射に眩む水面こそが理想の壁で・・。理想の壁云々は勝手な想像ですが、波乗りを愛する左官屋は結構多かったりします。

あるいは、大型のバイクをぶっとばすごつい大男を俯瞰で撮るところからスタート。この男はどこを目指すのか。背中には1メートルもあろうかという大きな鏝。その男の名は・・。半分嘘だけれど半分は本当です。

あるいは、恋人の体をトメサライという先端の尖った鏝で撫でているところから始まる。トメサライは肌に触れるか触れないかのギリギリのところを撫でている。肌はとうぜん鳥肌が立っている。やがてトメサライの先端は・・そんな人がいるかどうかはわかりません。

とはいえ、普通の人は左官屋をメインの題材とするドラマを観たいとは99.99パーセント思わないでしょうけれども。

99.9」の後番組には「ブラックペアン」という、またしても同じ事務所、同じグループのメンバーが主演のドラマが始まっています。今度はさすがにどうなんだろうと思いながら見ていたのですが、あっという間にハマりました。勧善懲悪のような対立軸が明快なものが続いているように見えるこの枠で、もう少し入り組んだ関係が描かれそうなところが新鮮です。むしろ、昔ならばバイプレーヤーが脇で光らせるようなキャラクターが主人公なのも良い感じです。腕が立ち、金の亡者のように悪漢を演じる姿に、「ブラックジャック」のような影や格好良さのようなベールがかかることはなく、実家をはじめとした生活者の一面などがすっかり見えてしまっているところ、ねじれたような性格の因果も、先が楽しみになります。同じ事務所の役者さんでも、「SP」の役者さんもピッタシな感もありますが、今回の役者さんの方が予測がつかないところが良い気もします。「ブラックペアン」の主役は、超人的なエスパーのような想像力は持ち合わせていなそうです。かといって「BG」のような朴訥とした常識の範囲内でもありません。一つの技術を突き詰めた人間が、職人のように、当たり前のように技術を披露する感じで、それが周囲の人にとっては超人的に映るというだけのようです。目の当たりにする周囲の人たちには、そこからさまざまな想像が働くかもしれませんが、主役はむしろ無の境地かもしれません。

こうしてみると、なんだかんだで同事務所が輩出する役者さん達が重ねていく歴史というものは、やはり相当なものな気がして来ます。60代、70代になってさらに凄みを増した活躍をする人も出てくるかもしれません。

そのとき、左官屋の親方を演じたりしてくれたら面白いのですが・・・。

今の所では、やはり北野武のような凄みを出せるほどの年齢と経験を重ねた人は、もう少し待たなければならなそうです。

最も近いのは、マッチ、東山紀之、関係を広げて考えれば郷ひろみ・・。

その親方という人の印象としては、現場でもたまに出会ってしまうことがあるのですが、いまどきとんでもないオーラをにじみ出させて、一度見たら忘れられないインパクトの顔つきをしていて、ほとんどもののけといった方が良い感じのイメージが面白いと思います。そうなると、やはり「昭和感」が漂います。「平成」の親方ならば今のその事務所の世代の役者さん達がむしろフィットするのかもしれませんが、まずは昭和の親方を周知させてからの方がより効果的な感じがします。

昭和のもののけに出会ってしまった場合は、あまりにのオーラに、一瞬で器の違いを悟らされますので、駆け足でコーヒーを買って、コーヒーは何が良いのかはもののけの乗り物を盗み見て、銘柄を確認して用意します。一服のタイミングを見計らって声をかけて、話を聞かせてもらいます。そうするだけの価値があることがすぐにわかるのです。

しかも、そうした気遣いを、何のてらいもなく、ものすごく素直にストレートにそのまま受け止めてくれることがほとんどです。まさに破顔一笑、一瞬で表情が変わり、現場の空気も一変します。

技術的なこと、材料の知識的なこと、色々な工務店のこと、思いもかけない人間の関係性についてなど、短い時間でなかなか得られない情報が入ってきます。その後、2度と会うかどうかはわかりません。それでも、何年たっても忘れない刻印のようなものが焼き付けられるのが、そうしたもののけじみた親方達の共通点なのかもしれません。

面白いのは世界というのは案外狭いもので、他の現場でその人を知る別の職人に会ったりして、まったく別のエピソードを聞けてしまったりすることです。その親方の出身高校の先輩にあたる人に偶然出会って聞けた話は、本人の話とはやはりちょっと違った顔をしているわけで、もう少し砕けた側面を知ることができたりもするのです。

一人一人が独自の世界を持っているのは、どの業界でも同じです。同時に、共通した何かをも持っているというのも同じです。そのバランスの描かれ方が絶妙なとき、心の中にエコーとなって残り続けているような気がします。そうしたドラマには、そのドラマにしかないような一回きりの響きのようなものが期せずして表現されているような気がします。

そんなおり、娘が「暗殺教室」という漫画にハマっていることに気がつきました。

以前に見た時にタイトルからして禍々しい物を感じて、なんとなく読まずに敬遠していた作品に娘がハマっているのを知って、少し驚きました。妻などは眉をひそめるという表現がぴったりなくらいにかなり抵抗感があるようです。少し前までは、漫画ならば妻の持ち物の松本大洋の作品などを手にしていたのを考えると、ちょっと娘には過ぎたグロテスクな世界に入り込んでしまったような、そんな気がしたのだと思います。童話のような世界から時代劇まで、娘もずっと松本大洋作品にはまり続けていましたが、他の世界ものぞいてみたくなるのも無理ありません。

ある日、何はともあれ娘がそこまでハマる作品ならば、ちょっと読んでおいてもいいかなと思いつきました。娘の物ではなく、義妹の娘からの借り物で、常に23冊借りているようでした。

ちょっと読み始めると、もともと漫画は好きなのもあって、すぐにハマってしまいました。

少年ジャンプの確固たるコンセプトから、そうそう不条理で残酷なストーリーであるはずもなく、むしろ爽やかですらありました。

描写が一見残酷なものに見える時がありますが、これからの子どもたちが生き延びるためのエールであるかのような展開を、より現代的に引き立てているようにすら感じました。読み終わった後にはなにがしかの処世術が身についているような・・。

また、ひょっとしたらルーツを辿ればデビルマンにも行き着くような気もします。

どちらの作品も実写映像化されているようで、機会があれば見てみたいところです。

99.9」の主演の役者さんは、ひょっとしたらデビルマンの主役を張れるのではないかとちょっと思いました。そして、極力低予算の作り方で、あまりCGは使わず、ライティングや、撮り方で作り込んだりしたら相当怖いものが出来そうなイメージが湧きます。とはいえ、娘に勧めるかというと何とも言えません。