現場では基本的に無音で仕事をしますが、色んな職種の人が一緒になると、ラジオをかける人が多いようです。微妙な距離感で人が集まっていると、知らず知らずのうちにお互いが気を使い、忖度しあって仕事が滞ることが珍しくないので、空気のように流れるラジオの音がつくる薄い壁は、適度な距離感を維持するのに都合が良いのです。
現場の職人は、基本的に一人で仕事をするのを好む人がほとんどです。黙々と仕事をするイメージが強いのはそのためもあるかと思います。
職種が違えばお互いの段取りがどうなっているのか、どう進めようとしているのか、細かいところまではわかりません。それぞれ別々の部屋に分かれているのであれば問題はありせんが、散らばっていると、移動する際に誰かの作業エリアを妨げてしまったりもします。一ヶ所一箇所終わらせていける内容ならばまだ良いですが、左官工事のように工程が何度かあって、その度ごとに乾かすなど一定の時間をおかなければならないと、全体を何度でも回らなければいけなくなりますから、移動する度に交錯するところでお互いが一旦停止したりする時間の積み重ねは馬鹿になりません。
それが隣接している場合、お互いが黙っていると意外と仕事がやりにくいものです。ある程度気心が知れている相手や、一度でも出会っている相手ならばそこでの沈黙が問題にならずに自分の仕事に集中出来るようにもなりますが、それほどでもない場合、相手が何者なのか、極端な話、危険な相手ではないのか、どの程度仕事を理解しているのか、初心者なのか、経験者なのか、他の仕事に対してどれだけ配慮出来るのか、出来ないのか、気になることが次々と溢れてきて、初対面の挨拶だけではわからない情報を世間話や仕事の話のキャッチボールで探り合うことになります。
もちろん、それによって有益な情報を得られることも多いのですが、そのとき、その場の仕事のペースからいえば落ちることは間違いありません。そんなとき、ラジオからの音楽やトークがつくるカーテンはうまい具合に各々のペースを維持することに役に立つのです。本当に集中したい時には正直なところは邪魔になりますが、それは仕方がありません。
そのラジオからサッカー日本代表のハリルホジッチ監督電撃解任のニュースが流れてきました。
ひところはよく見ていたサッカーも、最近はなかなか見られなくなり、ハリルジャパンの試合もそれほど見ていませんでしたが、嫌いな監督ではありませんでした。勝つためにどうするべきかを、真剣に、身を削るようにして考え、行動する人のような気がしたのです。代表監督ともなればみなそうなのかもしれません。
旧ユーゴの歴史をくぐり抜けてきた人達へのリスペクト、オシム監督をはじめとしたその圏域出身の人達へのリスペクトもあったかもしれません。
最近の親善試合であまり良い結果が出ていなかったらしいですが、本番でどうなるかは別問題ですから、W杯の試合はたぶん見たと思います。アルジェリアを率いていたときのように、日本を率いているときでもオーストラリア戦の2戦目で見せたときのように、何か必ず勝つための戦略を立てたでしょうから、それを観られないというのはやはりちょっと残念です。
今回のことで間違いないのは、W杯熱が、前向きにせよ後ろ向きにせよ跳ね上がったことです。
この出来事がなければ自分自身、W杯当日までサッカーのことは忘れていただろうと思います。それが、この一件によって不思議なくらい頭から離れなくなってしまいました。
あまりにも理不尽に頭の中を占拠されているのが癪に障りもするし、いっそ観るのをやめようかとも思ったくらいです。
解任の理由がよくわからず、時期も急で、広報としての影響力だけが絶大なことから、広告効果こそが目的だったのではないかと勘ぐられるのかもしれません。
しかし、下手をするともはや勝っても負けても盛り上がらないかもしれず、スポンサー的にも困った状況にも見えます。さらにどうにかしてテコ入れするのでしょうか。W杯の直前になって行われる広報活動は、ときに異様に映るような気がします。無理なテコ入れは拍車をかけてしまう可能性もあります。
ともあれ、このギリギリのところでおきた事故のような出来事によって逆に危機バネのような力が働いて結果がついてくるかもしれないという見方もあります。
他方で、それではハリルジャパンのW杯の検証は出来ず、この3年という時間や資金を捨ててしまうことになるという考えもあります。
それは西野ジャパンがどのようなサッカーをするのか、導き出す結果がどんなものになるかにもよります。ポゼッションとカウンターの両方を併せ持った、敵からのフィジカルコンタクトを許さない芸術的なサッカーを見せ、采配がことごとくはまり、優勝でもすれば、解任ブーストだろうと何だろうと成功と言わないわけにはいかず、田島会長の決断を英断とする向きが出てきてもおかしくありません。
逆に、結局はポゼッションにこだわるだけで、ボールを刈りとられ続け、カウンターで失点を積み重ね、窮余の策はハズレた博打のように仇となり、歴史的な大敗に輪をかけてしまいもすれば全くの正反対になり、かなりのバッシングを覚悟しなければならないのもやむを得ません。
ただ、西野ジャパンで好結果が出ても、ハリルジャパンならばもっと良い結果が出たかもしれないとか、ハリルが築いた土台のおかげだという陰口がお祝いムードの中で嫌味になります。
悪い結果の場合、やはりハリルホジッチに任せておけば良かったという陰口が厳しい糾弾になります。田島会長の決断は、どちらに転んでもそれほど都合良くは運ばないかもしれません。
そう考えると、勝率を1パーセントでも2パーセントでも上げるためどころか、ハイリスクハイリターンを狙った世紀の大博打と言った方が良いかもしれません。
解任理由とされるコミュニケーションの問題は、確かにあまりにも広く、とりとめがありませんが、そう言ってしまった以上はもう少し細かく腑分けして伝えないと、色々な想像をかきたててしまい、ますます事がぼやけてしまうかもしれません。それこそがW杯熱を上げるための燃料になるという狙いならば、その手の上で踊らされている方の負けと認めるしかなさそうです。
ラジオから流れてきたハリルホジッチ電撃解任のニュースは、現場の職人達の仕事の手を止めるほどに・・・はならず、一服の時間の話題をさらうことに・・・もなりませんでした。
気心が知れた相手ならば、各々の仕事の区切りが悪ければ一服の時間をずらしたり、時には一服など取らずに仕事を続けたり、それぞれのペースで仕事も休みも取れたりしますが、何者かがはっきりしていない相手の場合は何を話すでもないにしても一服の時間を共有することで、目には見えない信頼関係を少しずつ積み上げていくことになりますから、誘われれば無碍にはできません。
最近は、日本語がそれほど出来ない他の国の人が現場にいることも珍しくなくなってきました。そこで打ち解けたり、仕事を理解したり、理解してもらったりするのはなかなか難しいことです。世間話より前に、言葉そのものの違いから始まるとき、一緒に居ても安全であることを確認し合うところから始まるとき、サッカーの話題はかなり先の目標です。
仮に日本語が流暢であったとして今回の件について話す事が出来たら興味深い話が聞けたかもしれませんが。
浮かんでは消えるいろいろな忖度や想像や妄想が、流れ続けるラジオからの音楽やトーク、誰かが燻らすタバコの煙、互いに交わすともなく交わす言葉とともに紛れていった先は、どこなのでしょうか。