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すいらんぶろぐ

群馬県/フランス美大留学/芸大受験・美大受験予備校/カルチャースクール/介護保険認定アートデイサービス/企画画廊/学校教材/画材/総合デザイン研究所/他

エクサンプロヴァンスから

ドイツ旅行の話に飛んでしまっていましたが

エクサンプロヴァンスの

レストランでのバイトの話に戻すことにします。

 

すいらんぶろぐ

 

そのC.Tというレストランで

週に4日バーを任されるようになり

もともと僕の凝り性な性格と 

バーで作るクップ(アイスクリームのパフェ)に飾るフルーツ

装飾類に凝り始めて、

そのフルーツの飾り切りを見たさだけで

お客さんがデザートを注文するようになって

そんなエスカレートした注文もあってか、

ある日これじゃいけないと思ったのでしょうね~。

 

レストランのオーナーが 

”今度、ギャルソンをやってみろ!”

と突然。

 

僕はせっかくバーも慣れてきて、

美しいクップも作れるようになったのに・・・

と思いながらも、

バイト代はギャルソン(ウエイターのこと)

の方がいいのは知っていたので

 

半分

”え~~~” 

半分 

”ラッキー!!” 

って感じでした。

 

でも本当に相変わらずムチャクチャで

 

確か、翌日からギャルソン見習いを

始めさせられた気がします。


すいらんぶろぐ

 

お盆の持ち方 料理の起き方 運び方 片づけ方

ワインの開け方、コルクのしまい方 試飲のさせ方

 

厨房への注文のタイミング

お客様のテーブル前でのデザートの

取り分け方、もりつけ方

などなど、本当に知らないことばかりで

 

最初はとにかくのお盆に載せたものが

落ちないように・・・

そればかりを気にしていました。

 

とにかく満席120席が、

常に一日3回転するレストランなので

のんびり考えている余裕はないのです・・・。

 

 

レストランの売り上げは、

本当にギャルソン次第。

お客さんを食べさせる時間はきっちり

1時間半以内を目安に、

時間もある程度計りながら

それなりの会話をして盛り上げながら

気持ちよく帰ってもらい、

リピートしてもらう。

 

厨房の料理人たちが料理を作るペースも、

バーの心地よいペースも

お客さんが知らないうちに

心地よく、リズムよく食べてもらうのも

実はギャルソンがすべてコントロールしている

ということがわかった?!

というか出来るようになったのは・・・

それでも1年くらい経ってからかな~。

 

レストランでのギャルソン修行が始まると

とにかく忙しい。

 

早朝から、本来の学業である

芸大での授業に、ランチの時間以外は

ずっと詰め込み教育の授業に出席して

それがだいたい5時過ぎに終わると

一旦自宅に戻り、急いで身なりを整えて

6時にレストランに着くと 

先ずはレストランの黒い制服に着替えて

店内やトイレを 隅々まで掃除して、

その後は使用する皿やグラス、

ナイフフォークなどが汚れていないか

曇っていなかい全てチェック。

 

メニューのファイルは、

一冊づつ丁寧に外も中もべたつきや

汚れがないかチェック

そしてしっかり掃除。

 

使用する布ナプキンと

真っ白の布テーブルクロスに

汚れがないかチェック

 

それらの準備は終わるころには 

厨房の準備も終わるころになって

その日のまかない用の材料を地下の冷蔵部屋へ

取りに行く。

 

従業員とオーナー達と一緒に

まかないを食べるテーブルの準備。

 

だいたい いつも10人~12人くらい

だったかな~。

店の広さの割に、けっこうギリギリの人数で

効率よくやっていたと思うな~。

 

まあ上手に、良く働かされたってことですが・・・。

毎日けっこうしっかり 短時間に夕飯を食べて

7時にはオープン。

最初のお客さんが入ってきます。

 

席数120席、

椅子数全部が埋まるわけではないので

満席状態でだいたい90~100人が

席に着いている状態。

 

それを2回転半から3回転。

夏場のバカンスの時は、

店舗の外に出したテーブルが更に

約30席分もあって

それは3回転半するので、

一日の客数は半端じゃないわけです。

 

僕が最初に受け持ったお客さんは

一元さんとか 

あまり身なりのいい人ではない人とか

(上から下までスキャニングしているのです)

とにかく羽振りがよさそうで ない人が

僕の担当。

失敗やミスが許される可能性の高い人のみ

ということです。

 

 

フランスはとにかく 

あからさまに其の人の足元から頭の先まで

どんなものを身につけているかによって

通す席が違うんです。

 

日本は

”見た目で人を判断してはいけない” 

と小さい頃からよく教育されたりしますが

フランスは見た目や身に着けているもので判断します。

 

自分をまっとうに判断してもらえるように

相応の対応をしてもらう人は 

そういう身なりをして行くものなのです。

 

ということは、”それ相応のものを注文するお客様” 

ということなのですが・・・。

 

だから最初の僕みたいなギャルソンは、

初心者でもOKな

お客さんを任されるわけです。

 

それでも最初から1回転目で、既に50人くらいのお客を

一人でいっぺんにサービスしなくてはならないので

けっこう忙しい。

 

結局一日大体、100人から120人くらいのお客さんを

僕がサービスするわけです。

 

だから、7時オープンから0時くらいまでは 

ずっと動きっぱなし。

 

ただ運ぶだけではなく、

その間はだいたい何かしているか

お客様に呼ばれて 何かを話しているか 

説明しているか

または、デザートの注文を聞いているか

そのデザートを目の前で調理して 

お皿に取り分けているか・・・。

 

とにかく忙しい。

 

勿論、前菜とかメインとか、

その度に自然なタイミングで

お皿などを毎回取り換えなくてはならないので

それも一手間も二手間も掛るわけです。

 

つづく

ドイツ人の女友達の家に御礼を言って、

車でマンハイムから

ハイデルベルグまで送ってもらって

安いホテルをとって宿泊。


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ハイデルベルグでは

早速インフォメーションセンターに行って

ガイドリーフレットや

地図をもらいにいったのですが

さすが有名な観光地でもあるだけあって

何と日本語のリーフレットがあってびっくり!

 

それになんか、

街がとてもかわいらしいし美しい。

とてもレトロな感じが残っていて

 

ヒロシと

”ここは男二人でくるような

ところじゃないね~” と

 

それでもせっかく来たので、

ちょっと散策。


すいらんぶろぐ

 

先ずは、夜どこかご飯が食べれるところへ・・・。

 

なんか観光客がいっぱいいるような所ばかりで

せっかくだから

"地元の人しかいないところに入ろう"

と探したところ

いい感じの店があってそこに入って・・・。

でもドイツ語しか書いてなくて、

店の人も片言の英語

 

何とか分かった、ハムステーキを注文したら

このハムがやたらと分厚くて大きい。

またこれが本当に美味しかった!

 

マンハイムの友達の家で食べていたものが

実はあまり僕らには

合わなくて、ちょっと閉口ぎみだったので

更にその美味しさが際立っていました!

 

”へ~ハムステーキは美味しいんだ~!!” 

って感じでした。

 

それに酔っぱらったドイツ人のじいさん達が

僕らに近寄ってきて

 

”ヤパ~ナ? ヤパ~ナ?” 

つまり日本人?

 "そうだ" と答えると、

いきなり握手して肩を組んで唄い出して・・・。


ようするに第2次世界大戦で

ドイツ人と日本人は

一緒に戦った同志だ!” ということで

 

”一緒にビールを飲んで楽しもう!”

ってことだったみたいで

”未だに彼らは日本人に対して、

そんな風に見ているんだ~”

と思ったものです。


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翌日は、市内観光して

ライン川沿いの風景が

あまりにも綺麗なので

ホテルで自転車を

貸してもらえないか交渉したら

”あまり新しくはないけど、

それでよければ” と

2台貸してくれるということになって、

いざ自転車でルンルンと

川沿いの道をひた走り・・・。


すいらんぶろぐ

 

本当に美しい街で、ここでも

”ここは男二人でくるところじゃないね~” 

と再び大笑い。

 

”新婚旅行は、

絶対春のハイデルベルグだね!” って。

実際にはそうなりませんでしたが・・・。

 

でも本当に美しい。


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ところが、あまりにも調子よく自転車で

遠くに行きすぎて

実は帰りに自転車のタイヤが

パンクしてしまって、

しばらく自転車を押しながら

約15キロくらいの道程を

途中まで歩くことに・・・。


すいらんぶろぐ

 

でも運よくタイヤのパンクを

直してくれるというおじさんに出会って

 

”ダンケ シェン” 

本当にドイツ人はいい人ばかり!

 

何とかそこから7,8キロくらいの道程は

自転車で帰れることになったのだけど

足はパンパン、腹は減って、

ハイデルベルグのレストランへ・・・。

 

何食べたか分からないほど、 

かなりお腹が空いていたにも関わらず、

ゴメンなさい!(ドイツ人の皆さん)

美味しくなかったのだけ 

よ〜く覚えていま~す。

 

すいらんぶろぐ


でも本当に綺麗な街でした。

 

この旅以来行っていないので、

いつか行ってみたいです!

 

つづく

突然のナンシーのヒロシ宅訪問から数か月後

ヒロシが近々日本に帰国すると言うので、

それなら

"今度はその前に一緒に旅をしよう!"

 

ということになって

ドイツに行くことにしたのですが

ストラスブルグからフランクフルトまでの

格安往復バスチケットをみつけて

それで行くことにしたので、

先ずはその時、初めてのストラスブルグへ・・・。


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何と、ストラスブルグはフランスなのにまるで異国。

それまで写真で見たことがあった、

ドイツの風景のようで、

年配の人たちはこそのころはまだ

アルザス語を話す人がいて

まるでドイツ語のよう・・・。

 

"これじゃ~まるで異国"

と思うのも無理はないですね~

でもストラスブルグは大きな町

さすがにアルザス国の元首都? 

だっただけのことはあります。

 

現在は街全体が世界遺産ですから・・・。


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本当に綺麗な街です。

せっかくストラスブルグに来たのだから と言って

シュークルートとアルザスの白ワインを飲もうと

レストランに入ったものの

ヒロシはとにかく脂っこいものが苦手だし、

シュークルットのキャベツの発酵酢漬けもダメ

 

でも僕は美味くて美味くて・・・


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酒飲みのヒロシはもっぱら白ワイン 

リスリングとミュスカ、ピノ・グリを

交互に飲んで上機嫌・・・。


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美味かった~!!

日本ではアルザスワインというと

もっぱらリスロングが有名だけど

当時、僕はまだあまりワインがよくわからなくて

でも、フルーテイーなミュスカが本当に美味しくて

飲みやすかった~!

日本でもきっと

女性に人気が出ると思うのですが・・・。

 

そして一泊は、ストラスブルグは宿が高そうなので

バスで適当に田舎の方に行ってみよう

ということになって

適当にバスに乗って郊外へ・・・。

 

バスの窓越しに外を見ていると、そののどかな風景が

本当に美しい。


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ある場所で、HOTEL という看板を見つけて

なんかいい雰囲気だったので

急遽バスから下ろしてもらい

そのホテルで一泊しよう

ということになってそのホテルへ。


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本当に小さなオーベルジュ(民宿)

でもすごくいい雰囲気で、

何部屋もあるわけではなさそう

聞いてみると運よく一部屋開いていて

そこに通されたら、本当に

”なんでヒロシと一緒うなんだろう~!!”

と 思わずため息

 

”ここはやっぱり彼女と来るところだよな~!!”

なんとも愛らしく、かわいらしい 

お伽の国の物語に出て来そうな

とにかく雰囲気のある部屋で

そこに大きなダブルベッドがあって、

ここに二人で寝るのかと、

思わず二人で噴き出してしまいました。

 

”絶対ここのホテルのフロントの人

僕らが出来ていると思っているよね~” と・・・。

本当に一泊素泊まりではもったいないような

超ステキなオーベルジュでした。

 

そして、翌朝 テクテクと歩きながら

パン屋のある場所を聞いて

なんともいい雰囲気の田舎の

一軒ポツンとあるパン屋を発見!

 

中には行ってみるととにかく本当にいい匂い。

そこには今までエクスや

ナンシーでも見たことのないような

 

パンがいっぱい!

せっかくこんな田舎に来たのだからと言って

田舎パン(パン ドウ カンパーニュ)を買って

二人で歩きながら食べてみると

何もつけなくても、とにかく美味い!!

 


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周りは固いけど、中はフワフワもっちりで

とにかく自然な小麦の香ばしさと

自然な甘みが口の中に広がってきて

絶品。

 

今でも、この時に食べたパンが今まで食べた中で

一番美味しいかな~・・・と。

たまたま見つけたパン屋だったけど

ただのパン屋ではなかったのかもしれません。

今思うとそんな気がします。

 

名前も控えなかったから、

どこだかも分からないのですが・・・。

 

で、それからストラスブルグへ戻り、

そこからバスに乗ってドイツ・フランクフルトへ

 

どのくらいの時間乗ったのかまったく記憶はないし

ドイツに入ってからも、ドイツ語は分からないので

フランス語か英語で・・・。


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10人に一人くらいはフランス語が話せる人もいて

さすがフランスに隣接している地域のせいか

ただドイツ人が勤勉なのか・・・・

到着したバスの到着場所から鉄道の駅まで

地下鉄に乗って、、、


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でもよくなんとかなったものだと今考えると、

若さゆえのパワーなのでしょう。

地下鉄の駅のキオスクでは、

フランスフルトソーセージや

いろいろな大きさや種類のソーセージが売っていて

その場で熱々のソーセージと

パンにはさんだサンドイッチを!

 

すいらんぶろぐ

 

”美味い!!”

 

ドイツで美味いと感じた、

本当に貴重な食べ物の一つでした。

 

そして、今回の目的地の一つ

マンハイムへ。


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マンハイムは語学学校の時に知り合った、

ドイツ人の女の子の実家があって

文通する中で、訪ねて行っていい 

ということになり

3泊泊めてもらいに行ったわけです。

 

とにかく僕もヒロシも、彼女のことが大好き。

頭がよくて、穏やかで、美人。

ドイツ人の女性の中ではあまり背も高くなくて

本当にあこがれの人だったのですが

彼女に

”家に泊まりに来てもいいわよ” 

と言われた時は 思わず 

”やった~!” 

 

そんなわけで、何とかマンハイムの駅に着いて

さすがにそこからは、タクシーで。

 

彼女の家の住所を伝えて連れて行ってもらいました。

閑静な住宅街の2軒続きの1軒。

 

でも日本のイメージとは違って、

とても大きな家でした。

 

その日の夜は、彼女の両親と妹も一緒に

6人で夕食。

 

確かドイツハンバーグとマッシュポテト。

お母さん渾身の料理だったのだと思います。

みんな、フランス語と英語とドイツ語が飛び交って・・・。

よく覚えていないのですが、

とにかく僕らは何故か緊張していて

彼女ともそれほど親しかったわけではないのに

彼女と一緒にいるだけでとてもほっとしたものでした。

 

そしてクタクタな一日目の夜が終了しました~。


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フランス・第2の故郷 エクサンプロヴァンスの続きです。


 

フランスで芸大の学生になって1年目だったと思いますが

フランスの初年度に語学学校で同じクラスになった

週末フェットを一緒にやっていた親友ヒロシが

エクサンプロヴァンスから

北東フランスのナンシーという街に

引っ越しをする決意をしていました。

 

芸大に入るきっかけになったAさんやOさん

特訓をしてくれたIさんなどとも、ヒロシもよく

一緒に食事代をかけて麻雀をしたり

簡単なキャッチボールを芸大の校内でしたりして

よく遊ぶようになり、

一緒にご飯を食べて、僕が歌をうたって

その時の悩みや不満、将来の夢を語っていました。

 

ヒロシもそんな僕らの姿を見ていて、

”自分も熱くなれること”

”皆と語り合えるような、何かをみつけなくては”

と思ったらしいのです。

 

 

そしてもともと料理やワインに興味のあったヒロシは、

ナンシーにある公立の料理学校か

あの田崎真也さんも通ったソムリエの学校に入学しようと

ナンシーに移ったらしいのですが、

公立の料理学校は年齢制限があって、入学は24歳未満。

彼はすでに25歳だったので、

結局そこには入学することが出来ないことが分かり、

ある日、突然僕の住むエクサンプロヴァンスの

アパートに彼からの手紙が届いて

 

”日本に帰ることになった” と。

”短い付き合いではあったけど、

エクサンプロヴァンスでは、

ともにフランス語を習い、ともに飯を食い

一緒に唄って、一緒に麻雀をして・・・”

という内容で。

 

でも、彼はあまり人に対して執着しないタイプ

どちらかと言うと「一匹狼」

 

そして僕も本能的に

”きっと、今彼に会わないとこのまま縁が切れるな~” と

直観的に思って、

手紙をもらった次の日に

初めてナンシーへ向けて、

電車に乗って行ったのを今でもよく覚えています。

 

当時、僕のアパートには電話はないし

勿論彼のアパートにだって電話はないので

何も連絡を取りようがないので、いきなり・・・。

 

エクサンプロヴァンスから確かグルノーブルまで行って

乗り換えてナンシーまで行ったような気がします。


すいらんぶろぐ

初めての東フランス。

 

とにかく南仏とは風景が違うし 建物の様式も違う

フランス人もどことなく外見も雰囲気も

プロヴァンスとは全然違っていて

また異国に来たような感じでした。


すいらんぶろぐ

 

ナンシーの駅について

早速インフォメンションセンターに行って

ナンシーの市街地図をもらって

ヒロシのアパートの住所を伝えてその場所を示してもらい

いざ徒歩で彼のアパートまでテクテクと・・・。

 

 

初めて行った町、それも冬で思ったより寒い

 

”けっこう駅から遠いな~・・・” と

 

やっと彼のアパートの建物を見つけて

外側にある大きな扉の横のブザーを 

 

”ブ~~~”

カチャ 

というと その大きな扉を押しあけて

薄暗く急な階段を上がっていくと・・・

何階だったのかは忘れてしまったけど

やっとの思いで登って行って、

今度は部屋の扉のブザーを

 

”ブ~~~”

”ウィ? キエ~ス (はい 誰ですか?)”

”僕だよ~”

 

カチャっと扉が開くと

”どうしたの~? 一人で来たの?” と

豆鉄砲くらったような顔で・・・。

 

僕は胸が熱くなって ウルウル

彼はポカ~ンとしながら、

”まあ とにかく寒いから入って” と。

 

約半年ぶりの再会でした。

 

本当に寒かったので、早速部屋に入ると

やっぱり南仏と違って寒い地域の部屋だから

本当に暖かい。

全室セントラルヒーテイング!!

彼が借りていた安アパートでもこれだから、やぱり地域に寄って

違うんだな~と思いました。

だって、南仏の僕の部屋よりずっと暖かかった~・・。

 


すいらんぶろぐ

 

で、早速ヒロシ "ホント、よく来たね~・・・"

"これからちょうど友達が沢山来てみんなでご飯食べるんだよ~"

 

”コーキも一緒でいいんだよ~、

別にホテルとかとってるわけじゃないでしょ?!”

 

って感じで、ついて早々のお邪魔虫

でもまあ学生のころはこんなものかもしれませんね・・・。

 

突然の友の強制訪問にも関わらず、

快く受け入れてくれて

それから僕らは親友としてずっと

今も大切な友となっているのです。

 

でもその時にそこに集まった人は

フランス人にアルジェリア人に

他にも外国人がいたような気もしますが

それに日本人。

 

ヒロシが僕に一人の女性を差して

”彼女、こう見えても 東大出身なんだよ~!”

”でも、全然世間知らずでさ、

ずっと部屋で勉強してるんだよ~”

”せっかくフランスにまで来ているのに、

全然出かけないの・・・”

みたいなことを言っていて、

南仏にいた時は、とても穏やかで

ちょっと色々と自信をなくしていたせいもあるかもしれないけど

全く強気なところがなかった彼が、

あまりにも強気で、彼女に説教までしているから

 

なんか ”へ~~~~”

人って変わるんだな~・・”

と。

 


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でも 彼曰く"エクスでみんな目的をしっかり持って

貧乏でも必死で頑張っている人たちを見て

あ~俺も目標をちゃんと見つけて頑張らなくちゃいけない"

ってやっぱり思ったらしく。

そんな人たちと、

”僕みたいに目標も見つからずに

ただフランスに語学の勉強 

という口実だけで来た人間にとっては

エクスでみんなと一緒にいるのはとても辛かった” 

と。

 

そして、

密かに将来の自分の方向が見えてきていたその時

それだけ、強気になれていたのか

と思ったわけです。


すいらんぶろぐ

 

そして彼にいつ日本に帰るのか聞いたら

”もうすぐ帰ろうかな~ 

で直ぐ帰るわけじゃないよ!”と。

 

”え~、だって直ぐにでも

帰国するような内容だったのに・・・・”

 

”僕、知っての通り文章下手だし、

そのほうがいいかな~ と思って”

 

”なんだれ~・・・”

って感じでした。

 

それから数日間

ナンシーの彼のアパーとに泊めてもらって

エクスに帰り、また数か月後にナンシーに

ドイツを一緒に旅するために

やってきんでのですが・・・。

 

つづく

フランスの芸大に留学してたのに

”歌をうたっていた”

とか、”レストランでのバイト” の話とかばかり

このブログに書いている

と言われそうなので、

今回は、たまの休みによく言っていた 「カシ」とか「カシス」 

って呼ばれる場所のお話を少々。


すいらんぶろぐ

 

最近はこのカシスも随分観光化されて、

日本人も沢山行くようになったみたいですが、

それでもまだまだ車がないと、

ちょっと行きずらい場所なので

なかなか知らない人の方が多いかもしれません。

 

以前は、シトロエン2CVを修理する

工場なんかがあったので

日本のシトロエン好きな人には、

けっこう有名だったみたいです・・・。

 

まだ芸大の1年生が終った夏の頃だったと思いますが、

いつも なぜか年下の僕に付きまとうNさんという

背の高いやせ型の、でも少林寺拳法をやってる

ということで、ちょっと筋肉質な22,3才くらいの男性。

 

当時僕はもう既に、

あまり日本人とは一緒にいなかったのですが

このNさんが僕の家によく訪ねてきていて

”な~お金を出すからさ~

○○作ってくれない???” とか

良く日本食をせがまれて、

まあ僕もお金に余裕があったわけではないので

いやいや食費の足しに と思い

”仕方がないな~Nさん、何が食べたいの?”

って感じでたまに作ってあげていたんですが、

いよいよNさんも、1年の語学研修が終了して、

日本の伊勢志摩とタヒチにある真珠の加工メーカーに

就職が決まり、まずは帰国することになって

ある日彼が、

 

”ね~カシスに行ってみたいんだけど・・・”と

僕は

”行ってくれば~・・”

すると

”ね~連れて行ってくれないかな~、お昼おごるからさ~!”と

”それと、出来れば一度 ヌーディストビーチに行ってみたい!”

ということで結局彼の粘りに押し切られて

ある日僕の赤いホンダのバイクCB125に

またもや男が二人乗りしていざカシスに。

 

このカシスは、マルセイユから車で

30分くらいのところにある

地中海に面した、

ヨットハーバーなんかもある小さな港村??

 

このカシスの港の近くには、カランクという

ちょっとこの世のものとは思えないほど

美しい海の色をまとった入江があるんです。


すいらんぶろぐ

 

この入り江には、ハーバーから有料の船で行ったりするんですが

僕はお金がないのと、まあ途中の景色もきれいだし

Nさんにちょっと苦労させようと思って

山越えしながら崖を降り約1時間くらいかけて、

案の定、Nさんの

”ね~まだつかないの???”

”まだ先~・・・”

というわがままな疲れた声を聞きながら

この入り江のビーチにいったんです。

 

そして近くの、ヌーデイストビーチにも・・・。

Nさんは、本当にみんな一糸まとわぬ姿で

日光浴をしているのと、そこに立ち入る暗黙の了解事項は

必ず自らも一糸もまとわぬこと が条件なわけですが

 

”ゴメン、やっぱり 俺恥ずかしいから もういいわ・・”

ってことになってそのエリアから退場。

 

”あんたがここに来たいって言ったんだろ!”

と僕は内心あきれていました。

 

まあ、でもとにかく海の色が美しい!!

”海には罪はない”


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海の底が白い石灰岩なので、

透明度が無茶苦茶高い海水と地中海の光で

それだけ美しく見えるのだそうですが

その入江のビーチで、のんびり一日いるだけで

全てが無になるほど心地よい、

天国にいるような気分でした。

 

そして港沿いに移動

殆どのレストランは、観光客相手のレストラン。

 

ここに来たら必ず「スープ ドウ ポワソン」という

地中海で捕れた魚をサフランで煮込んで漉した

なんともワイルドで濃厚なスープを頂くのですが、


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もう少しお金がある人は、ちょと高級なブイヤベースを注文。

まあNさんに、ブイヤベースをおごってもらうのは

少々気が引けたので、ブイヤベースは頼みませんでしたが・・。

 

そして、ここカシスは実はワインの産地でもあり

美味しい白ワインが製造されているので

白ワインをグラスで。


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生産量が少ないので、

フランスでも希少価値の高いワインですが

とても上品でサラっとした美味しいワインです。

 

ちょっと高めですが、どこかで見かけたら試してみて下さい。

 

 

そしてスープドゥポワソンの前に

初めて食べるというズッキーニの

ベニエ(天ぷら)も頼んだのですが

Nさんは”このてんぷら うま~・・・”と

白ワインとともに結構よく食べていました。


すいらんぶろぐ

 

おなか一杯になって、Nさんはワインも入ってすっかりいい気分

”あ~フランスのいい思い出になったな~・・”

”ヌーデイストビーチにも行けたし・・・”

と満足顔。

 

でもビーチにはその光景に圧倒されたのか、

10分もいなかったと思います。

 

そしてエクスへの帰路に。

ちょっといい気分で南仏の地中海の風を切りながら

オートルート(高速道路)をいい気分で飛ばしていたら

突然、”パン!” と大きな音。

 

”あっ、ヤバ” 

何とうしろのタイヤがパンク!! 

時速110キロで飛ばしていたところでのパンク。

 

咄嗟にちょっと身長の高いNさんが、かかと高めの

ブーツを履いていたこともあって

”ガッ” と両足でバランスをとって

 

 

僕は必死にハンドルがぶれないようにブレーキを掛けつつ

何とか転ぶこともなく間一髪で停止。

 

Nさんも

”あ~よかった少林寺で体を鍛えていて・・”

と訳の分からいことを言ったと思ったら

”やっぱり、良からぬ気持ちでヌーディストビーチに行ったから

バチが当たったのかな~・・・・”とニヤニヤ半べそ。

 

まあでも本当に命拾い。

しばらく高速道路の側道を数キロ歩いて、

日も暮れはじめ、ガソリンスタンドに到着。

応急のパンク修理をなんとかやってもらい、

夜には何とかゆっくり走り無事帰宅した、

命拾いの夏の思い出です。

 

今思えば、あの貧乏だけど

波乱万丈なやんちゃな毎日も

実に贅沢な日々でした~・・・。

 

つづく