【再投稿】フランス・第2の故郷 エクサンプロヴァンスVol.16 | すいらんぶろぐ

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ここのところ、

はじめてフランス留学で、現地に到着してから

3ヶ月くらいのところの話をずっと書いていましたが、

まあ、相変わらずそのころはなかなかフランス語が上達せず、

僕の面倒を見てくれていた女性、Mさんや安部さんを通して

エクサンプロヴァンスに留学、遊学している

沢山の日本人と出合うことになります。


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色々な人がいたな~。

 

勿論、語学を勉強に来ていた人

日本の大学でフランス語を専攻していて、

フランスの大学に正規入学や編入するために

先ず語学学校でさらに勉強している人

 

脱サラで、昔からの夢を貫くために

退職金を持ってフランスに来て画家を目指していた

某有名電機会社の専務だったというUさん

 

外務省や丸紅、伊藤忠商事のエリート達。

”でも僕らはこの後、アフリカなんだ・・・” 

と言って嬉しそうではなかった人たち

 

日本で何らかの夢破れ、

フランスに留学という名のもとに

遊学で来ていた元OL達。

 

日本の大学で、フランス文学や美学美術史、

言語学や社会学を専攻して

大学院を修了後か大学院を休学し、

エクスの大学に正規留学で来ていた

ここでもその道のエリート達。

 

そんな人達でも、フランスの社会にはなかなか入りこめず

いつもフランス人やフランスの社会への

不満をぶちまけていました。

 

ストレス、欲求不満全開。

だから、人間がみんなどんどん横柄だったり

傲慢になっていくんです。

 

フランスのエクサンプロヴァンスという、

狭い日本人社会の中でだんだん、人に基準をつけてくる。

 

学歴、学閥、家系、容姿、財産、親の学歴、仕事・・・。

 

次第にその基準の中で、

そこのコミュニテイーに居ない人たちの

批判や悪口を言うことでストレスを発散して

異常なコミュニテイーが表れてきて

 

”これって、日本にある普通の社会の縮図なんだろうな~” って・・・。

 

僕なんか当時、まだ高卒で超貧乏だったので、 

 

”大学はどこ?”

”あっそ、高卒でフランスに来たんだ~・・・” 

と鼻もひっかけてもらえず

”お父上はどんな仕事をされているの~?”

”????”

 

我ながら

”フランスに来たのに、

何で日本人とばかり一緒にいるんだろう???って・・・”

 

この人たちも、一対一でいる時は皆いい人なのに、

”どうして塊になるとこう意地悪になるんだろう~”と・・・。

 

最近のいじめが起きる原因や構図と同じなんだろうと思います。

そんな人たちといることで、

「フランス語を使う機会も増えない」

フランス人も最初はフランス語が出来ない自分に興味を持って

親切にしてくれているけど、

やっぱり、だんだんまともにコミュニケーションが取れない 

となると 僕と会わなくなる。

話をしようとしなくなる。

 

 

僕と言う個人にはまったく興味がなくなってくるもんなんですね。

日本人には興味があったとしても・・・。

 

でもそのころ、そんな僕でも見放なさなかったのは

以前紹介した、後に在日フランス大使館公使

後に在豪フランス大使になった.クリストフ.P

 

最近になって、そのことについて聞いてみたら

”とにかくコーキ(僕のこと)は他の日本人に比べて

とても真面目で、一生懸命だった” と・・・。

(ありがとう!)

 

あまり大した理由ではない気もするのですが、

まあ僕の場合、”これしかない” 

というところで行ったフランスだったから

必死は必死だったんだろうな~ と思います。

 

でも、そんな日本人たちの中にいても、

”自分だけ まだ何もなしていない”

そんな劣等感と孤独感がいつもあって


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今でもよく覚えているのは、12月31日の夕方から

エクサンプロヴァンスから見える、

あのセザンヌが生涯を掛けて描いた

サントヴィクトワール山に一人で登って、


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頂上の十字架が立つ横で一夜を過ごし

元旦の日の出を見ながら、涙をこらえて

 

”頑張ろう・・・今の状況に屈しない” 

と心に誓ったことは今でも鮮明に覚えています。

 

で、考えたことは一つ。

「極力、これらの日本人とは会わない!」

ってこと。

 

先ずは語学学校以外でも、

フランス語で話をする機会を増やすにはどうするか・・・

すでにこの頃、同じクラスにいて

とても仲がよくなっていた度々登場のヒロシは

それまでの留学経験からか、

その日本人達とほとんど群れていなかったし

まあもともと、あまり人に関心のない男だったせいなのかも・・・。

 

で、その親友・ヒロシと取りあえず、

同じクラスの外国人達と

”もっとプライベートで話をする機会を作ろう” 

ってことになって

そのころ凄くハマっていた料理を生かして

週末、”日本の食事と御酒を用意するから家に遊びに来ない”

とクラスメイトを誘い、

だんだんクラス以外の人たちも誘うようになって

毎週末 フェット(パーテイー)!!!


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兎に角、料理本が優秀だったので作るものは

みんな ”C'est bon! C'est bon! おしいしい!おいしい!”


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お酒も基本は寸胴鍋に、ワインとフルーツ、

フルーツジュース、ホワイトラムを入れて

フルーツカクテルにして飲みやすくしているので

すすむすすむ~~・・・。

持って行った当時日本製のラジカセで音楽を流し、

みんなでダンスダンス。

 

友達には基本的には、

”何か一つ飲むもの食べるもものを持ってきて”

と誘うけど、学生だから? 大したものは持ってこない

 

でも、このフェットでは 食べ放題 飲み放題 

それもめちゃくちゃ上手い

外国人も日本の料理は食べたことがないから

興味深々で来るわけで

男も女もみんな週末、我がアパート(スツウデイオ)に

来るのがとても楽しみだったみたい!

 

本当に毎週末が楽しみだし、楽しかった~!!

 

そんあこともあって、

それを機会にフランスに行ってはじめての彼女も出来たし・・・。

チャレンジに必死だった時期でした。

 

つづく