先日、久保繁展の展覧会に
某新聞社の昔からなじみにしているTさんと
久しぶりにいろいろな話をする機会があったのですが
いろいろ懐かしい話をする中で、
”以前は某新聞社の役員や幹部には、芸術文化
例えば、美術や音楽、文学や詩、演劇や映画など、
とにかく多趣味で博学な人がとても多かったけど
最近はそうでもない・・・”
というような話でもりあがったんです。
”それは別に 新聞社内だけではなくて、役所の中にも
一般企業の中にも そういう人を探すと結構いて面白かった”
というような話をしたんですが
では、どうして今はそういう人がいなくなったのか・・・・?
昔から、 ”日本人はとても優秀で勤勉だけど
いざ趣味や教養の話になると、まったく話がはずまなくなる・・・”
「ある一流商社マンや外交官が、海外に出て行った時に
よくいわれることだ。」 と言われていました。
「ただ勉強して真面目なだけでは
国際人として通用しない」 と・・・。
でも今は、そう言われ続けながら
おそらく更に事態は深刻になってるんじゃないかな~・・・。
実際に、例えば音楽の時間も美術の時間も
あまり学校の中では重要視されていない・・・気がします。
でも<国際人になるためには、英語が大事> と
幼稚園の頃から英語を学ばせる。
でも海外には英語が母国語でも まったく国際人とは程遠い人たちが
五万といるわけで・・・。
「英語が話せる=国際人」 とはならない ということを
何故未だ持って日本人は分からないのか??
英語を話せることが国際人としての第一歩
と考えているんでしょうね~~・・。
やっぱり、学校教育なのか
それともそういうことを理解できる教育者不足なのか
それとも、そういった教育を推進できるような教育システムや
組織が機能しないのか・・・・。
いずれにしても、大坂の市立高校の自殺問題から派生した
一連の問題も
全て連動して、教育によって経済発展を遂げた日本が
教育運営システムの劣化で
何か ますます日本人がステレオタイプ化しているようで
とても悲しい気がします。
車のハンドルは 遊びがあって初めて余裕が生まれ
安全に余裕を持ってハンドルを切って走行出来るように
人には、人の歴史そのものである芸術文化があって
初めて豊かで余裕のある人生が送れるような気がします。
「美術館や文化芸術機関が無駄だ」 と平気で処理する
そんな余裕のない社会にしてしまうのは
とても危険な気がします。
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恒例の我が家の食卓
忙しい時に手際よく豪華に出来る中華~~!です。
今回は、鳥肉とピーマンとクルミのオイスターソース炒め
豚肉と高菜のにんにくマユネーズ炒め
卵とトマトの甘酢あんかけ
そして、水餃子です。
中華も好きなんですよね~・・。
でも食べ過ぎると・・・ヤバイヤバイ。。。。







