すぐログ!!

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ナレーターの勝呂美和子(スグロミワコ)です^^
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ナレーションを学ぶ26

 

一瞬の発見。

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「私がこの世でいちばん好きな場所は台所だと思う」

冒頭、この一説から始まるよしもとばななさんの「キッチン」私の大好きな小説です。

 

その中で、主人公が夏に料理の本を三冊買ってきて作りまくるというシーンがあります。主人公の性格はどちらかといえばがさつな方で、三冊の料理の本は基礎と理論と応用。主人公は癇癪をおこしたり、イライラしたり、逆に暖かい気持ちになって作ったと書いてあります。ちゃんとした料理にガサツさがあれほど影響するのかとも思わなかったとも。「温度が上がり切るのをちょっと待てなかったり、水気が全部切れるのより前に作ってしまったり。そうしたことが全て結果に現れる。」「それでは主婦の夕食にはなれてもグラビアに写る料理になってはくれない」

なぜこれを書いたかというと、私自身がまさにこれでがさつで大雑把なのです。料理をするときも目分量できちんと測らない。勝手に足したくなっちゃうのでケーキ作りは向いていません。

 

ナレーションの練習をはじめた時がまさにこれで、練習も嫌いだし、どうやったらいいかわからないし、録画して書き起こして、コピーして、なんてめんどくさいし。自分の思うように読んでればいいじゃん。みたいな。

でもやっぱりちゃんと読めるようになりたい。とおもってやり始めてから凄く凄く思い出したのがこの小説の中のこの部分でした。

「そんなさささいな、と思うことが全て結果に現れる」本番を迎える前の自分の心構え、準備、基礎、理論、踏まえた応用。これがダメだったのだ。と思い直しました。

それを思ってからはイライラしても、いくらめんどくさくても、キーッと叫び出したくなっても、一瞬のこれかも?と思うことをみつけるために練習するようにしています。

続けていると「これかも」と思いつく瞬間が本当にありました。

これかも、と思ったらそれにともない前に教えて頂いた先生や、先輩から言われた言葉や、アドバイスが紐づくことがありました。この事を言っていたのかもしれないと。

 

基礎を見直してからのナレーションに対する取り組み方は私は変わりました。

結局、向き合うことも積み上げることも自分自身なので強制力はありません。

ただ言えることは、丁寧に取り組むことで実力は上げることができるのだということです。

 

吉本ばななさんの何が好きかというと、話はもちろんすっごく面白い!私が大好きな部分は細かく丁寧な描写の表現と、素敵な音の表現、この小説でいったら文章から浮かぶ温かい台所と目に浮かぶ料理です。

私が台所や料理を好きなのはこの本を読んだことが大きいです。

 

勝呂美和子

 

こんにちは。勝呂美和子です。

今この状況で私には何ができるだろうかと色々考えたのですが浮かばず。

できることといったら静かに自粛することと、今までやってきたこと。

言葉を書くことだけなように思いました。

気が向いたら読んでね。という感じです。

 

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ナレーションを学ぶ25 緩急、高低、強弱を知る。

 

「真逆のことをしてみると前にわからなかったことが見えてくる」という感覚はありませんか。

私がしているナレーションの練習方法なのですが、ペースを一定にすることとなるべく緩急をつけずに、ストレートに読むこと。でした。

なぜその練習をしていたかというと、きちんと読めるようになりたいという思いからと前回の記事でも書いたのですが「私の読み方はどうも波があるようだ」と思っていたからです。私の読みはある一定のペースで波がくるので文章の意味というより自分の呼吸で読んでいたために、自分勝手な伝わりにくい読みになっていました。

それを直すべく取り組んだのが「とにかくストレートに読む」という練習です。

自分の味をつけず、なるべくストレートに、感情を入れずに、一定のペースで高低もつけずに読むようにする。

これを思いついたのは、あるサンプルを人に聞いてもらった時に、「感情が入りすぎていて報道としてはもっと抜いてほしい」という意見を頂いたからです。現在感情を入れているということは=抜くこともできるはずです。ただし注意して欲しいのはこれはあくまで「練習」としてのことで「本番」は違います。プロはその点使い分けできるので一様に感情を抜いたものが正しいナレーションかといわれるとそうではありません。

話を戻します。得るためにはただひたすらにストレートに読む。ということを繰り返します。私の場合は「波をなくす」作業でした。しばらくやってみて録音して感じたのは私は文章の最初のところで息を吸う時に音をのむこと。少し潜った感じで出発してしまうのです。そのまま上がって下がるので一連で聞くと波のようになる。「一発目の音が弱い」ということでした。

一定のペースで読んでみてわかる良い点は、今までの自分と比較できる所と、弱い発声が浮き彫りになる点。ごまかしが出来ないのでよりクリアに聴き取れます。

ある程度、一定の読みに慣れてきたと感じたら今度は今まで練習してきた物を組み込んでいきます。

そこで新たに見えてきたのが、緩急、高低、強弱。一定を繰り返してきたので「ここ!強調したい」や「スピード上げたい!緩めてみたい」や「ここ上げたい!」などの思いがいっぱい生まれているのでそれをまず組み込んでみます。最初は振り切って盛りに盛ってみて良いかもれません。そこからうまく足し引きをして、自分の読みを作り出していけたら素晴らしいと思います。

ブログにはコピーをすると書いてきましたが、コピーはもちろん大事だと思っています。世の中にはプロの読みが溢れていますから、そのテクニックを得るためには学び、技術を理解し、分析することは重要だと考えています。そこでコピーをしてみて組み込んでみて自分の読みに還元した時、果たして今、自分はどう読んでいるのか。

そこを追求するときは自分の読みをもう一度振り返ってみて新たな出発点を見つけてみる。

 

今回は新たな角度から見てみると違った発見があるかも。という話でした。

 

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ナレーションを学ぶ24 人に聞いてもらう

こんにちは勝呂美和子です。

今回はボイスサンプルを人に聞いてもらう。その必要性。

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ナレーションを勉強する上で練習はもちろん大事ですが、それ以上に大事なのが「ボイスサンプルを収録する」ということです。

このブログでも何度も書いているかもしれませんが、練習は個人の活動なのでやはり偏ってしまうのです。改めて人に聞いてもらい、一度自分の立ち居位置を確認すること、自分の練習、表現の仕方が間違っていないかどうか等、確認する作業がボイスサンプル、ということだと思います。

そして、収録したらそれを必ず人に聞いてもらうこと。なるべくたくさんの人に聞いてもらって意見を聞くこと。聞いてもらう人はなるべく自分より上の人、耳を持っている人が良いと思います。事務所に所属している人ならば、マネージャーさん、事務所の先輩。他社でも知り合いがいるならばその方に聞いてもらう。制作会社の知り合いがいるならばその方に聞いてもらうなど。

まだ始めたばかり、という人は友達や同期も良いですが、初めての人ほど聞く耳を持っているわかる人に聞いてもらって、意見を聞いた方が良いと私は思います。

そのとき、言われたことが解らなかったとしても、続けていたら必ずその言葉が返ってくる瞬間があります。

それほど、収録したものを人に聞いてもらうということは自分のこれからの指針になる大きな収穫を得られることなのです。私の場合は収録した最新のものを携帯に入れておいて「聞くよ」と言ってくれた方には即聞いてもらうようにしています。

こんな偉そうなことを書いている私でも作り始めた頃はひどいものでした。私が持っていくたくさんのサンプルを辛抱強く聞いてくださった事務所のマネージャーさんには感謝しかありません。制作した意図や、テーマ、ターゲット、表現の仕方、自分の強みはどこで何をこのサンプルに込めたのか。そういったことも工夫をしていくごとに上がっていきます。そして、きちんとした「仕事場」である「スタジオ」でそれを収録することによって自分で現場を踏むのです。例えば2時間なら2時間、その予約した時間内に録りきらねばなりません。そうした容赦ない「本番」それを自分自身で踏む。1度経験した現場は自分の練習の100倍威力があると思います。これは本当に違う。実力を上げるにはそれこそ現場が一番上がりやすいのです。

 

練習する→サンプル収録→聞いてもらう→意見を取り入れて工夫する→練習に戻る 地味ですがこの繰り返しをして自分のクオリティを上げていくことが一つの仕事に繋がることであると私は思います。

 

 

勝呂美和子

 

ナレーションを学ぶ23 癖読み

 

こんにちは。勝呂美和子です。

今日は癖読み。どうしても一定のリズムから脱しない人、どうしてテンポが変わらないのだろう?

息をするようにナレーションを読むと同じリズムになる。

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私の数年前の悩みとして「ある一定のリズムでしか読めない」という悩みがありました。

全体的に綺麗には読めているけれど、文章の意味や構成のリズム、というようりテンポが一定でいつも流れるように読んでいる。変化がない。

意味のある文章を読んでいるのに、上がって、下がって、上がって、下がってとそれを繰り返しているようでまるで波のようなリズムで聞こえる。と言われたことがありました。

綺麗に読めているならいいのではないか。と思う反面どういう意味なのだろう。ずっと考えていました。

そして、この頃から私は自分の読みを毎回録音して聴き始めるわけなのですがやはり最初は全くわかりませんでした。

文章は読めているし、これがなぜ問題なんだろう。何度も何度も聴き続けるなかで、あるときふと気づく瞬間がありました。ああ。あのとき言ってくれた言葉はこのことだったのではないかと。

確かに私の読みには波があったのです。ある一定のところからでて、下がり、そしてまた上がる。そしてまたその位置に戻る。文章の強いキーワードを立てたり、間をとったりはしているのですが、全体的にリズムが一定でまたすぐに定位置に戻る、というような読み方でした。

人がどう呼ぶかはわかりませんが、私の中でこれは癖なんだと認識し「癖読み」としました。

しかし、自分がこう読んでるのは認識できたけれど、どう直して良いか見当もつきません。

ずっと、このリズムで、テンポで長年読んできたのですから。

まず、どこが原因なのか。それに気づくのにも時間が必要でした。

私個人の見解なのでもちろん違う人いるとは思いますが、私が考えた理由の一つとしてあげるのは1に呼吸でした。

この呼吸に合わせて私は文章を読んでいたのだと思います。長い文章を読むとき、私は空気を吸いながら喋り出し、吐きながらも喋る、文章のセンテンスで切るのではなく「自分の呼吸に合わせた喋り方」を優先していたのです。

私が思うに主に口呼吸をしている人がなりやすいのではないかと考えています。日常的に口呼吸をしている人は呼吸が浅いと言われています。人は口からでも鼻からでも息を吸うことができますが、案外深く息を吸えていない人というのはいます。でも自分ではなかなか気づきません。毎分、毎秒、人生を、そのやり方で生きてきたわけですから意識もしません。

多分私は人よりも呼吸が浅かったのだと思います。マラソンや短距離で走った後に、よく肩でゼーゼーと息をしている人、このタイプです。

私が自分で聴いていて感じたのは息がなくなり、下がりはじめて息を吸う、上がり始めるそのところ。文章ではなく、自分の息の上がりで上がるのです。

これをどうして直していくか。そして思い出したのが前に尊敬する大先輩に言われた言葉。「勝呂は文章の頭出しが弱いよ」

これ、かもしれない。頭出しを強く出て、終わりにきちんと下がり切る。そのまま流れるように続けるのではなく一時落ち着いて深く呼吸し、自分が考えているよりも思い切って出る。

平常より意識するためにゆっくり読むということも繰り返しました。これを今でも練習として続けています。私のやり方なのでもしかしたら全く見当はずれの考え方かもしれません。

しかし私としては少しづつでも効果を感じていて、これを感じて始める前よりかは成長していると思っています。

コピーをして、人と自分の差異を感じ取ることももちろん重要ですがそれを感じとることが出来たら、そこからそもそも自分はどういう特徴があるのか。

今の自分に照らし合わせてみる。そいういう作業も必要だと思います。

 

勝呂美和子