ちょうどいい幸せ | 好きなものに囲まれるくらし

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「大好き!」は元気のもと。大好き!」を選択し続けていたら、
色んなことが変わり始めました。その変化の過程をつづります。
やっぱり「好き」の力はすごい。

人生は壮大な暇つぶし、って言いますね。

どんな暇つぶしをしながら天寿を全うするかは、各人の自由です。

 

自分にものすごく厳しい人もいれば、寛大で優しい人もいる。

自分に対する態度って、周囲の人への態度と大体一致していると思います。

 

自分に厳しい人は、同じように厳しいことを他人にも求めがち。

自分に甘々な人なら、他人にも甘々です。

合わせ鏡のようなこういう状況をたくさん見てきました。(自分も含め)

 

私自身を振り返ってみても、自分に厳格だった時は、周りの人にも厳格だったと思う。

今思うと気恥ずかしいくらいに人生に対して力んでいた。

だけど、それはちっとも幸せじゃないことに気がついたのです。

 

何のために厳格に課題を課して頑張っていたかというと、自分が幸せになるためです。

しかし、そのような態度がそもそも正反対の方向に自分を引っ張っていた。

このパターンを繰り返していても、多分私の人生は幸せにはならない。

だいぶ時間が経ってからそう気づきました。

 

厳格に努力しても、嫌なことを我慢しても、だから何なんだろう。

その過程がとっても苦しくて、そういう時間の方が多かったのです。

自分の人生が、こんなにも厳しい時間の連続なんてちょっと嫌だ。

 

そう思って、徐々に自分への態度を緩めていきました。

禁じていた娯楽にも豪快にOKを出し、楽しい時間を増やしたり、これいい!やりたい!を素直に感じ、叶えるようにした。

自分の楽しみごとにお金を使うことも許すようになっていく。

そして、嫌なことはできるだけ避けて、自分を苦しめないように。

どうしたら自分がご機嫌でいられるかにエネルギーを使ってみました。

するとやっぱり、ちょいちょい幸せな時間がやってくるのです。

 

幸せな時間が増えていくと、自分が満足して気持ちが優しくなります。

自分だって相当ユルいのだから、皆さんもユルく楽しんでね!って気持ちが自然に湧いてくる。

 

すると人間関係の摩擦もガクンと減って、ストレスも減りました。

仕事へ割くエネルギーもかなり減らしましたが、その方が体調が整って良い結果が出るように。

 

失敗しても、カラッとやり過ごせるようになりましたし。

そうなると、チャレンジが怖くなくなります。

またやり直せるしね、っていう軽やかさが、チャレンジへのハードルを低くしてくれた。

 

いろんな職場を経験してみると、仕事が楽しめる程々の塩梅がわかってきます。

給料が良くても、忙しすぎると不幸になる。

体調も気分もサイアクになるからです。

結果的に、ストレスや体調不良で散財する羽目になり、稼いだとてあまり意味がない感じになりました。

 

反対に、暇すぎても余計なことを考えるようになり、精神的に良くありません。

暇すぎると、脳内の扁桃体が興奮してしまうので、自然にネガティブモードに入ってしまう。

だから、あまりにも暇な仕事なら、何か別のことで隙間を埋めるようにした方が精神衛生上良いのです。

ということで、暇すぎも良くない。

 

そして給料が安すぎてもまた辛い。

自分を楽しませたくても、経済的に厳しいと楽しみが狭まってしまう。

だから、自分の楽しいことを躊躇なく楽しめるくらいの給料はもらっておいたほうがいい。

でもって、仕事が自分に合っていて「楽勝!」って思えるなら願ったり叶ったりです。

必死に頑張らなくても、自分が楽勝で勝てる「ブルーオーシャン」を探せばいいのです。

 

長い社会人生活を送ってきましたが、今はもう突拍子もないほど大きな目標はありません。

自分のニーズに合わない過剰な目標は、自分を不幸にするだけですから。

 

ほっとできる時間があって、ぐっすり寝られて体調が良ければ、幸せのベースが整ったことになります。



でもって、自分の好きなランチ巡りや温泉巡り、園芸店巡りを楽しめる余裕があれば幸せランクが更に積み上がる。 



仕事が嫌でなく、同僚に恵まれていればこれまた幸せ。

給料は楽しみを制限するほど低くなければ御の字です。

 

今の所、それらの状態をキープできているので、私的には幸せな暮らしができているのではないかと思います。

 

週末が近づくとお楽しみの候補がいくつも湧いてきて、幸せな気分です。

そういうのでいいんだよ!って、力みまくっていた若かりし頃の自分に教えてあげたいです。

タイムマシーンないかな。