岡崎から 三河豊田・新豊田ゆき | 菅沼天虎の紙屑談義

菅沼天虎の紙屑談義

交通機関を利用する為の切符・・・一般の方々にとっては使い終わってしまえばタダの紙屑で、最後は係員に渡して終わりになるモノです。
そんな紙屑に夢中になってしまった大馬鹿モノの戯言にお付き合い下されば幸いです。

昭和57年1月に東海道本線岡崎駅で発行されました、「岡崎から 三河豊田・新豊田ゆき」の常備片道乗車券です。

 

 

名古屋印刷調製の券となります。

 

当時は岡崎から三河豊田、新豊田への鉄道線は国鉄岡多線のみでしたが、経由として「岡多経由」の記載があり、これは岡崎駅から豊田方面へ国鉄バス瀬戸南本線が運行されておりましたので、国鉄バスと区別するため「岡多経由」と記載されているものと考えられます。

 

国鉄バス瀬戸南本線は、国鉄バスの前身である省営自動車の最初の路線として、昭和8年に岡崎~多治見間を開業した省営自動車「岡多線」の一部で、国鉄バスとなってからも「岡多本線」の路線名で営業しておりましたが、昭和45年10月1日に鉄道線の「岡多線」の岡崎~北野桝塚間が貨物線として開業するにあたり、路線名を鉄道線に譲って、「岡多本線」の岡崎~瀬戸記念橋間が「瀬戸南本線」、瀬戸記念橋~多治見間が支線の「瀬戸北線」となり、瀬戸記念橋で区間が分割されるともに路線名が改称されています。