菅沼天虎の紙屑談義

菅沼天虎の紙屑談義

交通機関を利用する為の切符・・・一般の方々にとっては使い終わってしまえばタダの紙屑で、最後は係員に渡して終わりになるモノです。
そんな紙屑に夢中になってしまった大馬鹿モノの戯言にお付き合い下されば幸いです。

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拙ブログの2020年11月21日のエントリで「近江鉄道株式会社 普通手回り品切符」をご紹介しておりますが、2022年4月より、先のエントリでご紹介いたしました荷札型の軟券からB型硬券に変わりました。

 

 

近江鉄道社章連続青地紋券となります。

 

「普通手回り品切符」から「手回り品切符」と「普通」の記載が無くなり、荷札型の軟券のように、承諾番号、持込区間、持込列車の記入欄は設けられておらず、発行箇所は記入式となっています。

 

 

 

 

 

裏面です。

 

 

荷札型の軟券では5項目の「ご案内」が記載されておりましたが、3項目の記載となって第1項は「近江鉄道線内乗車1回1個に限り有効」と持込区間を含む記載となっています。

 

近江鉄道では、2022年4月1日から割引乗車券を除いてJR線への連絡乗車券の発売を中止したため、「普通手回り品切符」をJR線連絡として発売する事も無くなったと考えて、荷札型の軟券から変えたものと推察されますが、手荷物に括りつけられない硬券とした事由は不明で、まさか愛好者の趣味購入も狙ったとか??

 

硬券の「普通手回り品切符」は、国鉄バス小諸駅の自動車線用、昭和59年2月に廃止となった「別府鉄道」での発売例を思い出しますが、やはり手荷物に括りつけられないため発売例は非常に少なく、現行では拙ブログの2022年6月14日のエントリでご紹介いたしました「わたらせ渓谷鐵道 普通手回り品切符」に次いで2例目となりました。

 

 

昭和57年11月に東北本線仙台駅の印刷発行機で発行されました、「盛岡→300kmまで」のB自由席特急券で、乗継割引として発行された券となります。

 

 

タイトルの「B」には丸囲みがされて「○B」となっており、これは硬券などでは見られない記載方です。

 

盛岡で東北新幹線との乗継割引となるB自由席特急券で、当時は発売需要が非常に多かった券と推察され、仙台駅の印刷発行機にもボタンが設けられておりました。

 

 

 

 

 

こちらは昭和59年1月に発行されました、同じ区間のB自由席特急券です。

 

 

丸囲みの「○B」や料金は変わりませんが、特急料金のキロ帯に「300」の数字が細身のフォントに変わり、三角矢印が下に下がっています。

昨日のエントリの末尾でご紹介いたしました、天王洲アイル駅で硬券の入場券を購入すると配布されました、「天王洲アイル駅 開業30周年 硬券入場券」の台紙には、硬券の入場券を挟み込める切り込みが入れられておりましたが、切り込みが3駅分設けられておりますように、硬券の入場券は「天王洲アイル駅」だけでなく、「羽田空港第1ターミナル駅」と「羽田空港第2ターミナル駅」でも発売されました。

 

◆羽田空港第1ターミナル駅発売

 

 

 

 

 

 

 

◆羽田空港第2ターミナル駅発売

 

 

 

「天王洲アイル駅」と同様に、硬券の入場券が通常発売されていた時代の様式に準じた記念文字の印刷の無い券で、両駅ともダッチングマシンが用意されて、日付はダッチングによる印字となりました。

 

「羽田空港第1ターミナル駅」と「羽田空港第2ターミナル駅」とも発売枚数は500枚でしたが、両駅とも発売翌日の6月20日には完売となったようです。

 

硬券の入場券の記念発売が開業30周年を迎えた「天王洲アイル駅」だけでなく、「羽田空港第1ターミナル駅」と「羽田空港第2ターミナル駅」でも発売された事由は不明ですが、それならば令和2年3月14日に「羽田空港国際線ビル」から駅名が改称された際に発売されました、記念文字の印刷された硬券の入場券しか発売された事の無い「羽田空港第3ターミナル駅」でも、今回の様式の硬券の入場券を発売して戴きたかったところです。

東京モノレールが「天王洲アイル駅」の開業30周年を記念して、6月19日から発売いたしました「天王洲アイル駅 開業30周年 硬券入場券」です。

 

 

 

同日に発売が開始されました「天王洲アイル駅開業30周年記念乗車券」は記念文字が印刷された券でしたが、硬券入場券は以前に通常発売されておりました、硬券の普通入場券の様式に準じた、記念文字の無い大変好ましい様式の券で、窓口にはダッチングマシンが用意され、日付もダッチング印字となりました。

 

 

 

 

 

硬券入場券を購入すると台紙が戴けました。

 

 

硬券の普通入場券を挟み込める切り込みが入っています。

 

この硬券の入場券は500枚限定で発売されましたが、「天王洲アイル駅」では発売開始の6月19日の夜までに完売したようです。

昭和32年3月に「○交」新潟で発行されました、「新潟から 新津ゆき」の常備片道乗車券です。

 

 

新潟印刷調製の券となります。

 

拙ブログの2009年3月16日のエントリでご紹介いたしました、「会津若松から会津本郷 準常備式片道乗車券」のように、日本交通公社で発行されました近距離の乗車券となります。

 

先のエントリでも申しましたが、このような旅行会社発行の近距離の乗車券の硬券は3等制時代の券に稀に見られ、国鉄が旅行会社と提携して「旅行センター」を設置したのが昭和43年10月からですが、それ以前は主要駅の構内には旅行会社の案内所が設置されて乗車券類の発売を行なっており、駅の窓口が混雑し自動券売機も設置されていない時代には、近距離の利用者が旅行会社の案内所で乗車券を購入する需要が存在していた可能性があり、2等級制~モノクラスの時代には多客時の臨時発売券を除いては、このような券を殆ど見かけなくなったのは、主要駅には近距離区間用に自動券売機が導入され、例え駅の窓口が混雑していても近距離乗車券の購入が可能になったためでしょうか??

 

 

2021年(令和3年)5月に弘南鉄道大鰐線中央弘前駅で発行されました「乗車証明書」です。

 

 

サーマル印刷のレシート状の乗車証明書となります。

 

この「乗車証明書」は乗車駅を証明する運賃精算用の証明書では無く、弘前市と大鰐町が助成する「つながれ!大鰐線繋ごう!みんなの交通コンソーシアム事業」、「公共交通を利用してプラスワンサービスをゲット!!」の特典を受けるために必要な、大鰐線に乗車した事を証明するためのもので、中央弘前駅の改札口横に設置された発行機から自動発行され、「お一人様一枚まで。」の記載があります。

 

大きく記載された数字は乗車日ごとの発行機での発行枚数と考えられますが、その下の乗車日は「平成33年5月2日」と本来ならば有り得ない日付となっており、「令和」に改元されても発行機の改修を行なっていないものと考えられます。

 

 

昭和56年7月に武豊線武豊駅で発行されました、「富士」の特急券 B寝台券です。

 

 

名古屋印刷調製の準常備式の券となります。

 

B寝台の設備によって断線を切断する券で、左側から「客三~客車三段式」、「電上中~電車寝台上中段」、「電下客二~電車寝台下段・客車二段式」となっており、「電下客二~電車寝台下段・客車二段式」が最も高額となるB寝台料金ですので、この券は最右端の断線で切断されて発売されています。

 

この券の特急料金は「801km以上」となりますので、この券のように名古屋から東海道本線下りの寝台特急列車に対して発売する場合、鹿児島本線では筑前新宮より先、日豊本線では東中津から先の停車駅で無いと発売する事が出来ませんが、当時は名古屋発博多ゆきの電車寝台の特急「金星」が運転されており、特急「金星」は山口県内の停車駅が利用しやすい時間帯でしたので、特急「金星」の山口県内の停車駅に対して発売するために、特急料金が「600kmまで」となる準常備式の特急券 B寝台券も別に設備されていたのかも知れません。

拙ブログの2019年8月7日のエントリ「(銚子電鉄) 犬吠から 笠上黒生ゆき CDK青地紋券」でご紹介いたしました、令和1年5月に発行されましたCDK青地紋の半硬券の画像の再掲です。

 

 

 

 

 

 

令和4年1月に同じ区間の乗車券を再購入しましたら、同じ紙質の半硬券ではありますが、CDK赤地紋の大人専用券に変わっておりました。

 

 

地紋色が変わって小児断片の無い大人専用券となったほか、「発売当日限り有効」と「下車前途無効」の記載が白抜き文字となり、着駅の「笠上黒生」や運賃の「240」の数字のフォントも微妙に異なっています。

昭和38年1月に「○交」法政大学で発行されました、「飯田橋⇔桜新町」の通学定期乗車券です。

 

 

東京印刷調製の券となります。

 

有効期間によって断片を切断する期間指定式の券で、経由の「千駄ヶ谷、渋谷経由」が印刷、運賃も断片に印刷されており、このような期間指定式の定期乗車券の場合は有効区間も決まっていて印刷されるハズですが、この券は有効区間の右側が記入式となっていて「桜新町」のゴム印が押印されています。

 

この定期乗車券が発行された当時、まだ現在の東急電鉄田園都市線の一部である渋谷~二子玉川間(東京急行電鉄新玉川線)は開業しておらず、当時の「桜新町」は東京急行電鉄玉川線の電停で、この券には「千駄ヶ谷、渋谷経由」が印刷されておりますので、国鉄線から東京急行電鉄玉川線への連絡用の通学定期乗車券と考えられ、当時の東京急行電鉄玉川線の運賃は全線均一で、定期運賃についても全線均一でしたから、玉川線内の全ての駅が飯田橋~渋谷間の国鉄線区間の定期運賃と合算した同一の定期運賃となる事になり、これにより玉川線側の区間の駅が記入式であっても定期運賃は印刷されている事になります。

 

それならば、玉川線側の区間は最遠駅となる終点の「二子玉川園」を印刷としても良いのでは?と思いますが、この券は通学定期乗車券であり、購入に必要な「通学証明書」は使用者の居住地と学校の最寄り駅の区間で発行されますから、この券の使用者が「桜新町」居住であれば玉川線側の区間が「二子玉川園」までとなる「通学証明書」は発行出来ない事になり、全線が均一運賃となる玉川線側の区間であっても「通学証明書」によって区間が変わる事が想定されますので、この通学定期乗車券の玉川線側の区間の駅は印刷とはならずに記入式となっているものと推察されます。

2021年11月に発行されました長野電鉄の「湯田中→信濃竹原」の乗車券で、小児専用券となります。

 

 

 

ERC/ながの青地紋券となります。

 

発売されたのは湯田中駅の窓口では無く、イベント会場で長野電鉄が発売していた券で、この券は現在は湯田中駅では発売されておりませんので、かつて湯田中駅に設備されていた券を口座廃止としてイベント発売用に転用したものと考えられますが、発売額は現行運賃の100円で、駅の窓口のように券簿で管理して券番号順に発売しているワケではありませんが、厳密には廃札扱いでは無く、発売当日に現地に行けば小児1名が実際に使用する事が出来るそうです。

 

運賃変更印が押印されておりますが、券面に印刷された運賃は「40円」となっており、かなり昔に調製された券と推察され、券の周囲には日焼けが見られます。

 

 

 

 

 

イベント発売用となったこの券、在庫を払い切り次第発売終了となるものと思っていたのですが・・・

 

2022年5月のイベントで発売された券です。

 

 

 

現行運賃100円の券に切り替わりました。

 

係の方に伺ったところ、「40円」と印刷された古い券の在庫が無くなったので新しい券を印刷したとの事で、券番も2ケタ台ですので、新しい券は券番がリセットされて0001から調製されたものと推察されます。

 

長野電鉄の現行様式の小児専用の硬券は、小児の表示は券面右上に「○小」と黒色で印刷されておりますが、今回印刷された新しい券は昔の様式を踏襲して赤文字で「小」と印刷されており、昔の様式の長野電鉄の赤文字の「小」は独特のフォントでしたが、こちらについても独特のフォントが踏襲されており、このフォントの新しい券が登場するとは予想もしませんでした。

 

惜しむらくは、この券はイベント会場のみでの発売で湯田中駅では発売されていない事で、現地では実際に使用可能ではありますが愛好者向けに発売しているのは明らかですから、湯田中駅に設備して常時発売としても、結構売れるのでは無いでしょうか?