電車に乗ると、時おり状況判断に戸惑うことがある。


例えば他人に席を譲るという判断がなかなかできないとき。


その日、電車に乗ると空席がなく、吊り革につかまって本を読んでいた。


すると、途中の駅で運よく目の前の席が空いたので座ることができた。


座ってしばらく本を読んでいると急に眠くなり、ウトウト。


意識があるようでないような、制御不能のまったり状態に。


電車の揺れに身を委ね、駅に着くたびに目が開き、何ごともなければ再びウトウト。


すると何個目かの駅で、30、40代のぽっちゃりした女性が乗車し、目の前にやってきた。


老人であれば席を譲ろうと思ったが、そうではないことに安心し、再びウトウト。


ふと、前の女性が気になり出す。特に女性の下腹部が・・・


ぽっちゃりした女性だと思ったが、ちょっと出っ張る感じのお腹。


ん、まさか妊婦? やば。もしそうなら席を譲らねば。


いやいや、そうじゃない。単なるおデブさ。そう、ただの太った女。


立ってたほうが脂肪を燃焼しやすいってもんだ。はは。


しかし。


しかし、でも、ひょっとしてデブの妊婦かも・・・げっ。


どうしようもない焦りがボクを襲い、完璧に目が覚める。(ついてねー)


もはや目をつむっているのは、席を譲りたくないためのポーズに過ぎなくなった。お、俺ってやつは・・・自己嫌悪


ここは思い切って、もう一度確かめるしかない。ボクは薄く目を開け、女性の腹部を見る。


思ったほど腹が出ていない。うーん、これくらいなら大丈夫だな。(何がじゃあ)


妊婦と気づかなくても仕方ないくらいの膨らみだから、寝ていても非難されることはないはず。これで一安心だぜ。確かめてよかった。


だが・・・だが・・・だが・・・


「デブなら腹が全体的に出てるけど、中央だけポコッと出てるってどういうこと? やっぱ妊娠してるんだ」


またまた迷惑極まりない空想が頭をよぎる。


やっぱり譲ろう。妊婦だろうがデブだろうが、女にはやさしい俺なのさ。


ついにボクはすっくと立ち上がり、「どうぞ」と言った。すると、どうしたことかその女性が出口のほうに行き、扉の前で立ち止まる。やがて電車が速度を落とし駅に着くと、女が降りて行った。


静まり返る車内でボクは降り損ねた乗客のごとく、さむーい視線を浴びていたのだった。




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昨日は昼近くまで寝ていたスガ婆が、今日はトイレに行くために6時半に起きたボクの足音で目覚めた。


早や


「もっと寝ていいんだぞ」と言うと、そんなの知ってるもん、とばかりに


「そうだよ、いいんだよ」と他人事のような相槌を打つスガ婆。


そして、おもむろに布団を畳む。(全然、寝る気なし)


本当は寝ていたいくせに、寝ているとバツが悪いようで、スガ婆流の気遣いが自然と体を動作させる。


やがてスガ婆はため息をついて布団を引っ張り上げて二つに折る。それが終わると、寝ぼけた眼で布団を見つめる。


「あー、もっと寝ていたい。だけど、そんなことをすると常識のない女だと思われるわ。母になんて言われるかわからないし、父にも叱られる・・・・・グッスン」


スガ婆がそんな感傷に浸っていることは、ほぼ間違いない。


自分の考えや意思を持つことは悪であり、誰かの指示で行動することが女のサダメ。村の人たちに、「いい娘さんだこと、うちの息子の嫁にほしいわ」という最上級のほめ言葉をもらうのが、スガ婆の夢だ。そんな昔の乙女に戻ったスガ婆。


何か気になるのか、その手を紙オムツの中につっこんでまさぐる。(どこが乙女じゃい)


さては尿パッドがずれているのか。乙女のパンツを引っ張って見ると、パッドがない。


ど、どこに消えたんだよ、パッドちゃん?


さてはズボンのポケットかと思い調べると、なんとパジャマの上着のポケットにハンカチのように折られたパッドが突っ込まれている。上着ともどもゴミ箱に捨ててやりたいところだが、渋々パッドだけ捨てる。


換えのパッドを出そうと、棚から袋を引っ張り出すが、中身がない。換えのパッドがない。


ゲッ


どうやら使い切っていたようだ。仕方なくそのままにしておくしかない。


今日は2時にデイサービスへスガ婆を送り届け、その後、仕事の打ち合わせで出かける予定だから、その前にパッドを買っていくことにする。


スガ婆をデイに預けると、ふいに嫌な予感がした。


やばっ!


スガ婆の使用済み黄茶色パッドを、なんと屋外のゴミ箱ではなく、台所のゴミ箱に捨ててしまった。あのパッドが、よりにもよって台所にあるとは。ああ、おぞましきクソパッド。


引き返すべきか、あきらめるべきか。


もちろん、あきらめる。


パッドのために打ち合わせに遅刻するなどあり得ないから。


はたしてボクは、パッドのことを忘れるべく強い意志をもって打ち合わせに向かった。




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スガ婆は基本的に睡眠時間が長い。平均すると一日10時間ほどだろうか。しかし、朝早く起きる日と、遅く起きる日がバラバラなのが、この時期である。冬はいつまでも布団の中で死体のように眠り、夏になると早く起きて、ゾンビのように室内をうろつくのだが、気温が20℃前後のこの季節は寒暖の差が激しく、どうやらスガ婆の体内時計を狂わせているようだ。


家で仕事をしている身としては、理想は翌日のデイサービスの送迎まで寝ていてもらいたい。(昨夜→今日→明日の朝=約34時間。ウッ、おいらの一週間分)


今日も、できればスガ婆が目覚めませんように、と祈りながら窓を開け、すがすがしい朝のマイナスイオンに満ちた空気を部屋に入れた。


加齢臭で充満した1階に、息を止めて下りていくと、突然、トイレの水を流す音が雷鳴のように室内を揺るがした。 ジャー


いつのまに。「ああ、今日も終わった」


壁時計に目をやる。まだ6時30分だ。一秒を争う時代に、余りある時間が津波のように押し寄せる。 ジャー


スガ婆の部屋の襖を開けると、手すりに白いものが掛かっている。


紙オムツ・・・


ということは今はノーパン? 見苦しい老婆のヌードを脳が勝手に映し出し、同時に脳細胞の一部が破壊されていく音がした。


トイレからなかなか出てこないので、耳をそばだてるとピチャピチャと妙な音が。嫌な予感がしたので透視することにした。(できるわけないから隙間からのぞいた)


すると、スガ婆が便器に手をつっこんでいる姿が見えた。便器の水はまるでウンコ色。というかウンコ水。


「こらー!」


怒りを抑えきれぬままスガ婆を洗面所に引きずり入れ、無理やり手を石鹸で洗う。


「あにすんだー」


叫ぶスガ婆の顔を濡れたタオルでボコボコ叩くように拭く。


「アホボケカス、ウンコタレ、死ね」


朝、さわやかなはずの時間帯にわが家は最高の盛り上がりを見せ、一日の全エネルギーを使い果たすのだった。


やがて、飽きるほどの空虚な時間を迎える前に、僕は変わりばえのしない朝食の支度にとりかかった。



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スガ婆の通う小規模多機能型のデイサービスは、定員がいっぱいになり、今までのように日にちの変更が難しくなった。


これまでは、明日急に用事ができたので、母を預かってほしいと言えば、問題なく受け入れてくれたが、今後は満席状態のため預かる余裕がないのだ。


つまり、事前に作成した通所スケジュールをきちんと守らなければならないのである。


一般サラリーマン家庭なら予定通りにデイに親を預けられるだろうが、こっちはフリーライター。(フリーターとよく勘違いされる)


いつ何時、打ち合わせのために呼び出されるかわからない。スケジュール通りなど、これまでできたためしがない。



他のデイに変えようかと考えていると、デイのケアマネージャーと代表がやってきて、「お宅は特殊な仕事だから、いい方法を考えましょう」と真剣に言う。(希少生物かい!)


いろいろ話を聞くと、一日の中で利用者が満杯なのは朝9時から午後2時くらいまで。それ以降は帰宅する利用者がけっこういるので、2時以降ならいつでもスガ婆を預かってくれることがわかった。


ラッキー♪


急な打ち合わせは、たいてい午後遅めなので、2時にスガ婆を預けてから行ってもぎりぎり間にあいそう。夜は9時すぎまでデイで預かってくれる。さらにこんなアドバイスも。


要介護3の人は週に5回はデイが利用できるので、フルに予定を組んでおき、必要に応じてデイをキャンセルすることもできます」


急にデイを休む、ということについては、何の問題もないということで、ひとまず安堵。一日でも休めば実費負担の食事代が浮く。


食費は一食600円。これが自宅なら一食100円ほどで済む。
(買いだめしている食材で料理するため)


スガ婆はうどんが好きで、以前は「どん兵衛」をよく食べていたが、塩分高そうなので、乾麺を茹でて食べさせている。


健康もそうだが、5食分入って200円という安さは魅力だ。これに残り物のポテトサラダや厚揚げ、そしてご飯を少々。さらにリンゴを8分の1個、サービスで付ける。


ご飯に、のり佃煮と間違えてジャムをトッピングしても、「こんなうまいもん、初めてばい」と喜んで食べる。内心、くそまじー、と思っているかもしれないが、のど元すぎれば記憶も消える。


デイのバランスいい食事もいいが、わが家の愛情少々の手抜き料理も悪くない。




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気晴らしにスガ婆と公園に散歩に行ったついでに、ケータイのカメラでスガ婆を撮影する。葬式の遺影に使う写真として、数年前から撮り溜めている。


しかし、どれも心霊写真のようなおぞましい老婆が写っているだけ。しかたなく、パソコンの画像ソフトで修正する。まず目の下のクマやシミを消し、口元のシワを消す。これだけで随分と若く見える。


イイネ!


左のまぶたが腫れぼったいので、右のまぶたをコピーして張り付けた。


おおー、いいじゃん! 


でも人相が良くなって、スガ婆らしくない。


(そりゃそうだわ)

だけど、今のままではスガ婆も死ぬに死にきれないだろう。


そう思うと、もっと加工してやらねば申し訳がない。

白髪を黒髪に修正し、口紅を塗る。


や、やばい!


整形に失敗したオカマかよ、と一人で突っ込むボク。


とりあえず消去する。


ち、最初からやり直し。(意味ないぞー)


翌日、中2の息子にケータイをいじられ、公園のスガ婆の写真を見られた。すると、「マザコン」の一言で済まされた。「葬式用に撮ってんだよ」とあまり言いたくもない言い訳をすると、


「じゃあ、動画はなんだよ?」と息子。


「ああ、これも葬式で流す動画」と嘘をつく。


そんなもの流したら、悪霊が降りてくるわい。

「なんかひどくない?」と息子。


「なにが?」


「だって、おばあちゃん死ぬの待ってるみたい」



しょせん子供には理解できないことなのさ。


とりあえず修正版はパソコンにだけ保存しておく。


息子がもう少し大人になったら、見せてやろう。