台風まっただ中の今日、風の音で目を覚まし、1階へ下りていくと、なぜかカーテンがヒラヒラ。



まさかと思い、カーテンを開けると窓が5センチほど開いている。

昨夜、閉めたはずなのに・・・もしやババアが開けたのか。



二重ロックをし忘れると、スガ婆でも簡単に開けるので気が抜けない。
以前なら窓から出て行ってしまっていたが、最近は体力が衰えたのか、あるいは脳が正常化しているのか、あまり徘徊(はいかい)しない。



おそらく窓を開けたはいいが、強風に押されて、

「バ、閉めんといかんばい」と、あわてて閉めたのだ。でも強く閉め過ぎて、

その反動で窓が開いたに違いない。


年の割りに力があり、しかも手加減できないのだ。


ふすまを閉めるときなど、猛スピードで柱にぶつけることが多々ある。

パーンという、まるでピストル音のような激しい音が家を引き裂く。

そんな制御のきかない暴走老婆に嫌気がさし、妻子は家を出て、

父はこの世を去った。(可能性はある)




ふと振り返ると、スガ婆がふすまを少し開けて、こっちを見ている。
「こえー」

朝でも怖い老婆ののぞき見。僕は恐怖心を振り払い、
「もう朝だぞ、起きろよ」と、どうにか声をかける。
「はーい」と少女のようなスガ婆の返事に、背筋が凍る。

いつも返事だけは優等生のスガ婆。
「かわいいおばあちゃんね」と言われるから、いつのまにか覚えた動物的習慣。



朝の支度を終えて、いつものようにデイサービスの送迎車を待つ。

しかし、台風の日に時間通り来るのだろうか。今日は祭日、時間はある。と思っていたら、時間通りデイの車が来た。



台風の日でも、ちゃんと来てくれるのだ。

しかも、若いおねえさんが。

「天女だ。ついにスガ婆をお迎えに来たんですね」(なわけないか)
どんなボケ老人も気持ちが前向きになれる天女の笑顔。



おねえさんはスガ婆に合羽を着せて、車まで連れて行ってくれた。

あまりに強い風雨に、「いい天気ですね」といういつもの挨拶もできず、うつむいたまま歩くスガ婆。



ワンボックスカーのドアが開いて、いつもの見慣れた老婆たちがこっちを見ている。


ぶきみだ。



すると「おじゃましまーす」といってスガ婆が車の中へ。見ると裸足だ。道路には靴が転がっている。


「家かよ、ここは」

おねえさんがいることも忘れ、つっこみを入れる。




やがて、台風の中にたたずむ僕に笑みをたむけ、おねえさんは送迎車をゆっくり発車した。まるで老婆を連れた天女が天国に旅立つように。















熱中症も夏バテも、はたまた足腰が痛むということもなく、

今日もスガ婆は老人臭と小便臭を置き土産に、デイサービスに出かけた。


昨夜、替えたばかりの紙オムツは、数時間の短命に終わった。

マツモト○ヨシで見つけた30枚入り600円という破格値の尿パッドは、

尿を吸収する前に、スガ婆につまみ出され、仏壇の前で鎮座している。


こいつが、パンツの中で尿を思う存分に吸収してさえしてくれれば、

紙オムツ本体は少なくとも二日に1回取り替えればいいのだ。


201500円の紙オムツを毎日交換することは無駄すぎる。

地球環境から考えても良くない。(ほんとは家計に悪い)

もし僕が尿パッドだったら、ちゃんと使ってほしい・・・オエー(バカか)


しかし、どうしてスガ婆は尿パッドで排尿しないのだろうか。
思うに、尿パッドを紙オムツの上に重ねると厚みが出て、
違和感ありありなのだろう。ボケた老人はそれをウ○コだと思い、
「ちっ、やっちまった」と、すぐに隠ぺい工作を開始するはず。

おそらく、まだ発見されないものが、部屋のどこかにあるのかも・・・


スガ婆がデイサービスに出かけた後、窓を開け、空気を入れ替えても、

「へへへへ、とれるものなら、とってみな」」と、空間を漂うスガ臭。


この激安尿パッドをマツモト○ヨシで見つけたときは、
思わず、「超お買得だぜ」と、ひそかにコブシを握りしめ、
作る必要のない会員カードまで作ってしまった。
しかし、そんな喜びも今ではむなしい青春の一ページに終わった。


秋の夜に、命みじかし、尿パッド


前回、ホトトギスという本を恥ずかしくもなく紹介したが、

ホトトギスはとっても賢い鳥。特に繁殖期は。


ホトトギスは他の鳥の巣に卵を産み、あとはそのまま見てみぬふり。
これを托卵(たくらん)といって、生物にはよくある習慣なのだ。
卵を他人の巣に産むと、卵を温めてふ化させ、子育てという過程はすべて他の鳥にまかせる。
ホトトギスは渡り鳥なので体力を温存しているのか。

「子育てまでやってたら疲れて、海渡れないじゃん」(ホトトギス母)

「愛情より生きていくこと。大人になったら一緒に遊んであげるから、いいんです別に」(ホトトギス父)


一方、卵を産み付けられたウグイスは、自分より大きなホトトギスの子供をわが子と信じて大切に育てる。

しかし、ホトトギスは成長すると他の仲間と一緒に外国へ帰っていく。

ウグイス側から見ると、かぐや姫みたいな切ない話だ。グッスン

「かぐや姫、帰ってきておくれ」

と、ウグイスのジイとババはいつも泣いて暮らすのでありました。

(ちなみにウグイスのインタビューはない)


ということで、これは本の内容とはあまり関係がない。コラー!


でも、介護をしている男性って、このウグイスタイプにおちいる人が多いようだ。


とにかく一生懸命にヘトヘトになって親や妻の面倒をみる。おいらもそう。

で、ある時気づいた。もっとホトトギスでいいじゃん、って。

でも男は意外と他人に任せられない。なぜなら恐いから。他人に預けると何をされるかわからない、と思ってる。

任せるところは他人に任せる勇気が必要なのだ。その点、女のほうがいざとなればキモがすわっているのである。


結論。 ( はや!)

自分が介護される側に立って考えると、一心不乱に介護され、ストレスを溜められるのは嫌だ。

ほどほどでいい。ウグイスには悪いが、おいらにはホトトギスの血が流れているのさ。

以上。 (え~?)


結論2 (おいおい)

子供は社会の授かりもので、大きくなったら社会のために貢献してもらうのが生物の共通した目的だと思う。介護も、一人でみるのではなく、社会全体でみて、一人にかかる負担を小さくすることで、自分も安心して年をとることができるってことではないか。その仕組みが、介護保険というもの。ホトトギスが作ったシステムだ(ウソ)。


介護保険を利用すれば、それほど不安なく親や夫を介護できる。でも利用しない人、知らない人もいて、これが一番の問題だ。40歳以上の人はみんな保険料払ってんだから、少しは理解しておきたいものだ。














アマゾンのキンドル(電子書籍)で小説を出版してみました。

誰でも自由に出版できるキンドルを悪用じゃなくて、利用してみました。


本の内容は父が息子を介護するという話で、

年老いた父と四十前の息子の切なくも、ユーモアと情緒性を備えた、

これまでにない介護小説(なんだ介護小説って?)に仕上げています。


価格は280円ぐらい。ぐらい? (なにせドルが絡んでるので…)


タイトルは「ホトトギス」

  ホトトギスは他の鳥の巣に卵を生んで、子育てまでさせるという

  驚くべき才能の持ち主で、(ていうか、身勝手)

  介護者が見習うところが多々あります。

  ということで、タイトルにしました。(意味不明じゃあ)


スマートフォン、ipad、キンドル端末とか、お持ちの方はすぐに読めます!


感想お待ちしてま~す。

スガ婆が行く




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デイサービスで老人たちがどう過ごしたかを

家族に知らせる連絡ノートがある。

昨日の連絡ノートには、次のようなことが書かれていた。


午前中、厚木の農協に行きました。

店内に入り、「りっぱな梅やなー」とか言っておられました。


これを書いたデイのスタッフはたぶん、

そうだ、これ家族に教えてあげなきゃ、だってスガさんが、

「りっぱな梅やなー」とか言っておられるのですもの・・・

と目をウルウルさせて書いたのだろうか。


スタッフにとって、ボケ老人が感情を表すことは、

ちゃんとウ●コをするより、感動的なことのようだ。


だけど、だけどですよ、朝から夕方までデイにいて、


それだけかよ!  あるだろ、ほかに!

とボクはつい、突っ込んでしまうのである。


りっぱな梅やねー、と言ったからって、

それが一日の中で最も印象に残った出来事だとでもいうのか。

なんじゃらほい。


家族とデイとの交流をはかる連絡ノートは、

たわいもないスガ婆の迷言が、呪文のごとくつづられ、

家族をげっそりさせるのであった。




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